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カナダのシールハンティングと日本の鯨捕獲問題
2005年盛夏・日本講演旅行記 V(最終回)
2005年盛夏・日本講演旅行記 U
2005年盛夏・日本講演旅行記 T
競争の激しいトロントのエスニック新聞
北米初の「セイフ・インジェクション・サイト」
バンクーバーに開所

カナダ最新マリファナ事情
シール(あざらし)・ハンティング
トロントのSARSは心配ありません
デモクラシーの国の一夫多妻制
新潮流
じわじわと押し寄せる環境汚染
老人大国にまっしぐら
カナダ結婚事情
女性の意識改革
「星条旗」と「カエデの国旗」
カナダのテロリスト対策
女性と社会進出
NakedNews.com
しつけ? それとも 虐待?
「バイアグラ」発売1年目
アメリカとカナダ いつか一つの国に?
「表現の自由」か「猥褻」か
トランス・カナダ・トレイル・リレー・2000
連邦政府女性職員の勝ち取った
  「ペイ・イクイティって何?」

マリファナのお話
銃規制
ジョン・スクール見学記
外国に住む日本人15ヶ国の調査
「金山」へ行こう!
アメリカとカナダ、どちらが住みよいか?
童話「ウィニー・ザ・プー」


以下の11篇の原稿は、カナダの『同性婚合法化』に関し各種メディアに寄稿したものを集めたものです。
内容にダブる点があるのをご了承下さい。
カナダの「同性婚法案」最終的に決定

検証 連邦政府の『同性婚合法化』に見るカナダの人権のあり方(11/04)

連邦政府の『同性婚合法化』 その後の動きW(5/04)
連邦政府の『同性婚合法化』の動きによせてV(11/03)
連邦政府の『同性婚合法化』の動きによせてU(10/03)
連邦政府の『同性婚合法化』の動きによせてT(9/03)

世界の街 <人権先進国カナダ、その中心の街 トロント>(9/03)
カナダ「同性婚」を承認する方向に 世界で3番目の国になるか?(7/03)

マシュー・シェパードの死(4/02)

同性カップルも配偶者(7/99)
ゲイ・プライド・パレード(6/99)



カナダのシールハンティングと日本の捕獲問題


有名人の反対運動
「どこか共通しているな・・・」ふとそんな思いを感じながら、先日来ニュースになっているカナダのシールハンティング反対運動に目を向けている。

共通していると思えるのは、日本の捕鯨に対する動物愛護団体のヒステリックなまでの動きである。
ニューファンドランドの北方やセントローレンス湾で行われるシールハンティング問題は、もう長い間騒がれていることで、03年にはNYタイムスがセンセーショナルな記事を掲載し、大きな話題を呼んだ。

何度も浮上しては消えるニュースだが、今回はCNNのラリー・キング・ショウが3月初旬にこの問題を採り上げて放映した。

また元ビートルズの歌手ポール・マッカートニーや、フランスのセックスシンボルの象徴だった元女優で、動物愛護アクティビスト暦30余年というブリジット・バルドーなどがそれぞれカナダを訪れ、「シールがかわいそう!」と涙ながらに救済を訴えている。(付随ながらブリジット・バルドーは、移民、回教徒、同性愛者、失業者たちを嫌悪し、インターマリッジにも大反対する極右の思想を持つ女性である)。

過去には反対運動で、極寒のオタワのリドウ運河にビキニのパンツにボディーペインティングをしただけの裸すれすれの女性が現れ「毛皮を着るより裸の方がいい!」などのバーナーを着けてスケートをするようなラディカルなものもあった。


間引き
ご覧になった読者も多いかと思うが、確かに血まみれになって逃げ惑うシール、なかでもいたいけなベビーシールに向かって、捕獲業者がフックのような物が付いた棍棒を振り上げて殴り殺している写真は余りにも残酷で正視に堪えない。
一面真っ白な氷の大陸に真っ赤な鮮血が飛び散る様は、その対比さゆえに更にむごさが際立つ。

だがこうした反対運動があることを知りつつも、今年、ハーパー政権は、例年より5千増の32万5千頭のハンティングを許可した。

しかし私は関連ニュースに接していつも不思議に思うことがある。

それはカナダ政府が、この莫大な数の捕獲量に「GO」を出すには、絶滅の危機がないとの科学的な裏付けがあってのことなのだろうか、という点である。
その件について報道されたニュースには、お目にかからないのだ。

6、70年代には乱獲が元で生存数が危機に晒された。それがアメリカの動物愛護アクティビストの目に留まり、シール不買運動に発展したため、多くの業者は廃業を余儀なくされたという。
しかしここ3,4年、またこの大量の捕獲が許されるようになったようだ。それはこの間にシール数が急激に増大したことを意味するのだろうか。

ならばもし捕獲せずにいたら、逆に将来大変なシールの数になってしまうのではないだろうか。種の保存の大切さは言を待たないが、増え過ぎるのもまた大問題なのだ。
アメリカでも野生動物などの間引きを行っており、例えば鹿などは年間500万頭以上も殺していると言う。勿論これは人間の生活を守るために行われているのである。


日本の捕鯨問題
 これで思い出すのは日本の捕鯨問題だ。

 周知のように日本はいま鯨の捕獲を国際捕鯨委員会(IWC)によって制限されている。
鯨は年間3〜10%の割合で増え、海にはおおよそ100万頭のミンク鯨、200万頭のマッコウ鯨がいるにも関わらず、日本の許可捕獲はミンク100頭、マッコウ10頭である。

資源保存にはまったく影響していないはずで、生存数などは地道な科学調査に裏付されたものだが、それでもグリンピースのような保護団体は大反対で、自分たちの船を捕鯨船にぶつけるなど命がけの反対運動を行っている。
また鯨が日本の「食文化」に深く根ざしていることなどにはまったく理解を示そうとはしない。


反対運動の陰にあるもの
こうしたラディカルな運動にはいろいろと理由があるようだ。

ウェールワッチングの体験者には容易に理解できるが、あの巨大な体には不釣合いな可愛らしい目や、頭脳明晰と言われる哺乳動物が大海原を雄大に泳ぐさまは実に見事だ。
愛護運動者たちがそんな素晴らしい生き物を銛で殺すなど持ってのほかと思うのは分かる気もする。

   しかし世界の鯨が生存のために食べる小魚の量は2億8千〜5億トンで、全人類が食べる魚量9千トンの実に5倍にもなるのである。
間引きをしないことには、逆に一般漁業に悪影響を与えるのだが、保護団体は「鯨」とさえ言えば莫大な寄付が集まるためプロモーションに子供を使い、共通項を天真爛漫さに集中させる。

加えて動物愛護問題に政治家が加担すれば、「環境に強い感心を持つ優しい人」というイメージが植えつけられ選挙の票稼ぎに、有名人なら人気度の上昇につながる。

また経済的な観点からは、その国の製品の不買い運動が起きる。だがこれは「風が吹けば桶屋がもうかる」の例え通り、日本では一般漁業にも影響が出るものの、逆に肉の消費量が増えアメリカなどはほくそ笑むわけだ。(もっとも今は狂牛問題が尾を引いており米国肉の輸入はしていないが)

だが今は、以前日本の捕鯨に反対していた国々も日本の科学的調査の信憑性に理解を示し、鯨類資源の持続的利用を支持する国が年々増えているようだ。
しかし小国の場合は、反対する大国に加担すれば経済的援助を受けられるという国交間の経済的思惑が支配しているのである。


国際社会の理解
これがシールハンティングになった場合は、愛護者たちの「可哀想、見るに耐えない」という人道的な理由の裏に、どんな駆け引きがあるのかは定かでない。

だがハーパー首相は「(バルドーのような)有名人と写真を撮る趣味はない」などと逃げずに、捕獲(或いは間引き)の必要性が正当なものであるのなら、日本の捕鯨のようにしっかりと国際社会にその理由を示し、加えてハンティングの手段に工夫を凝らす必要があるのではないだろうか?

ニューファンドランドの人たちは「シールハンティングは我々のカルチャーの一部だ」というが、ここまで問題が大きくなってしまったなら、”文化“だけではもう済まされない。もっと納得させる理由が必要であろう。
例えエモーショナルな感情が反対者の主流をなしているとしても・・・・。


日加タイムス April 1, 2006

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2005年盛夏・日本講演旅行記 V(最終回)


メディアの反応
先月号にも記したように、私は自分の本を出版社からかなりの数購入し、各方面の方々に贈呈した。今回は真摯な出版物を出す小規模な出版社だったため、進呈でいただける数は極わずかであったからだ。

もちろん日本語購読可能な日本、カナダの多くの友人たちが購入してくれたのは嬉しかった。だがトロントの場合は、本代プラス航空便代でかなりの額になるため、売るたびに身が縮む思いを何度も味わった。それでも"清貧の物書き"(ある友人にこう呼ばれ、大笑い)を助けてくれようとの行為は身に染みた。

その読後感は「頭の中が“人権問題”で一杯になったほどに“読ませる本”でした」「大変なご努力の賜物は、特にゲイの日本人とその周囲の人達にとって、そして、全人類の為にこれは立派な贈り物だと、著者に一言お礼を申し上げたくなりました」「貴女の本を読んだおかげで、ゲイの人たちと偏見なく話せるようになった」と言ってくれる人から「読み終えてしかし理解度が深まったかというと、感覚的には依然不可解というところです」「読み終えてもなお、貴女が何故この本を書かなければならなかったか理解しかねます」などまでさまざまであった。

取材対象はカナダ人だが、日本語で書かれた本のため「残念、英語なら買ったのに!」と言ってくれるカナダ人が何人もいた中、その日本語が何も分からないにもかかわらず、数人のカナダ人が「記念に」と購入してくれたのも嬉しい驚きだった。

またメディでも各方面で取り上げてくれた。地元では日系ボイス、日加タイムス、bits、日本では大小の小冊子、タウン誌、地方新聞をはじめ、大手では「クロワッサン」「婦人公論」などの女性誌が私という作家を中心に紹介してくれた。
自分が取材することには慣れているが、取材されるのはとても大変なことで、まして白熱の光線を浴びながら本職のカメラマンがパチパチと撮影するなか、インタビューに答えることが如何に大変なことか初めての経験として味わった。

「海外日系新聞放送協会賞」の評価
そうした記事は、どれも好意的な書き方で嬉しかった。なかでも私がゲイムーブメントから波及する、「人権」と言う問題に深く思いを寄せて上梓したことに触れてくれた記事には「伝わった!」と感じられて心躍る思いがしたものだ。

だが一年あまり前(2004年9月)に、日系ボイスが「海外日系新聞放送協会」が主催する世界の日系新聞の記事選考会に、「カナダ連邦政府の『同性婚合法化』の動きによせて」と題して、私が当紙に三回連載した記事を応募してくれたが、その時の選考委員の寸評は大変興味深かかった。

「・・・アメリカでニュースとなり、日本でも関心を集めており、委員会でもこの記事を評価する向きもあった。しかし、一般的に同性婚を認める立場は、結婚とは2人の間の愛情だけでよいとの考えであり、これに反対して結婚とはそれだけではない、とする見方のほうが、世の中に遙かに多いことは間違いない。その点、この同性婚の権利を、現代においては人類の普遍的な権利と認められているminority groupの平等への権利と同等に考えるのは如何な物か・・・」というものであった。

同性婚を望む多くの人々が「愛情だけあればそれでいい」などと考えていないことや「いかに周囲の人々に理解してもらいたいか」に力を注いでいることを知らない結果を如実に表していた。当然ながら賞は逃した。
おそらく選者たちは、自分の周りには同性愛者はいないと思っているか、彼らの生き方を「本人の選択」と思っている向きがあることでこういう選評が出るのだろう。ちなみに選考委員会には猿谷要、石丸和人などの“知識人”たちが名を並べている。

個々の意識
世の中の事象はすべてそうであるが、一つの物事に対する評価は、それをどの角度から見るかによってまったく違った結果が出る。

同性愛者がマイノリティーかどうかと言う問題も、彼らをどこから見るかによって異なる。異性愛者対同性愛者の数からすれば、人口の10%と言われる同性愛者はマイノリティーだろう。だが、拙著にも書いたように、同じ仕事でもいまだに男女の賃金差がある中、例えば2人のゲイ男性が結婚した場合、そのdisposable incomeは莫大な額である。

経済的な力関係は、世の中を動かす大きな原動力になる。リッチな同性愛者が政治経済の世界で発言力を増し、行動を起こすことで、彼らに対する一般の人々の理解度が増し、経済的力のない底辺でうごめく同性愛者を引き上げる。
去年11月に選出されたケベック党新党首アンドレ・ボアクレア氏が良い例で、カナダ政界史上初のオープンリーゲイの党首だ。

これは身障者、知的障害者、老人、女性問題などなどにも言えることである。
日本ではもう人々の口の端にも上らなくなった別姓問題。いま法律成立を望む女性がどれほどいるかは定かでないが“立法で守られた選択の自由があるか否か”はとても大切なことだ。

例えば、もし“柔ちゃん”の愛称で親しまれ、世界の柔道界を制覇した田村亮子が、結婚に際し「谷」になることのみに嬉々とせず「田村」を通していたなら、若い女性に少なからず影響を与えたことだろう。もし彼女にそんな人権意識があったら、世論の波を変える一翼を担ったかもしれないと残念に思う。

今後の流れ
とはいえ、カナダも1月半ばに行われた連邦選挙で保守党が政権を取ることになった。ハーパー党首は選挙戦の時から「自分が政権を取ったあかつきには、同性婚法案を再び俎上に乗せ全議員の自由投票に持ち込む」ことを約束していた。

メディアはこの問題をすぐに審議することを避けるのが保守党としては懸命な動きではないかと示唆しているが、今後どのような方向に動いていくか今のところ不透明である。

自分が現在住む愛しの国カナダ、生まれ育った愛しの祖国日本。双方の国に住む人々の人権意識の向上を望みながら、ここに3回にわたって書いた日本講演旅行記を占めくくりたい。

長い間ご購読くださりありがとうございました。


--終了--


Nikkei Voice Feb.2006

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2005年盛夏・日本講演旅行記 U


上野野千鶴子東大教授のゼミナールでの講演
パートTでも記したように、今夏日本での講演は、併せて10ヶ所以上あったが、東京での最初の講演は、社会学の権威、知る人ぞ知る上野千鶴子教授が率いる東京大学のジェンダー・コロキアムと呼ばれるゼミでのものだった。

「書評セッション」と題して、東京大学大学院人文社会系研究科社会学博士課程で学ぶM氏によって拙著がまな板の鯉になり、実に的確にそして鋭く切りきざまれて行った。

M氏の書評は、知的な深い洞察力と、幅広いジェンダー学の知識に裏付けされた見地から拙著をしっかりと読み込んで書かれたことが理解でき、小気味よいほど理路整然とまとめられていた。

全体の評価は「〜6月30日にはスペインの下院議会で同性婚法案が再可決され正式に立法化を迎えるなど、諸社会の情勢を見ても、また日本においてそれら同性婚をめぐるニュースが耳目を集めることを考えても、まことに本書は同時代的なルポルタージュと言える。

転じて日本のマスメデイアによる報道を考えれば、国内のみならず海外のゲイやレズビアンをめぐる情勢は報道の対象外とされるか、あるいは同性婚に関する場合でも、可決・否決等の結果だけを表面的に報じる傾向が強い。
そのような状況下では特に、本書のように立法府の外にも目を向けて、関連する当事者たちの運動やサポート活動を多岐にわたって幅広く紹介しようとする筆者の姿勢は、批判的で野心的な意義を持つものとして評価したい〜」というもので、これはやはり嬉しかった。

一方幾つかの問題提起もあったが、特にM氏の「〜私は本書においてもう少し筆者の意見が書き込まれてもいいのではないかと思った〜」や「〜ご自身の意見や思いが具体的に書き込まれることで、なぜ筆者が事態を『人権』の問題として捉えようとしたかが読者にとって理解しやすくなるだろうし、『人権』を啓蒙するもの/啓蒙されるものという非対称性を超えて、読者は本書にアプローチしやすくなるのではないか、と考える」というコメントには、個人的な意見や思い入れを出来るだけ排除し中立の立場を取ることに腐心したが、こうした違った角度からの見方に「なるほど」と思ったものだ。

パネリストとしては、私以外に、現在長崎シーボルト大学で教鞭を取り、また2年前に長年のパートナーとBC州で結婚したケン・リチャード教授も招かれて出席した。
ゼミが佳境に入るに従って「異性婚/同性婚に限らず結婚そのものに対する是非論」に発展し、上野教授の「結婚に何の意味が見出せるか」で大きな展開を見たのもまた興味深かかった。

このゼミには、私のHPを見て関西から駆けつけてくれた人もいたりして東大の学生を含む30余人が集まった。
外国住まいとなれば、日本の最高峰の象牙の塔の知的集団の人々と接する経験はそうあるものではなく、ぞくぞくするようなこの体験は有意義と言う言葉以外になかった。

訪日中に同性婚法案が成立
何度も記すように、拙著上梓までの足取りは想像以上に長かったにもかかわらず、カナダで7月に同性婚法案が連邦を通過したのは訪日中で、私はその瞬間を体現できなかった。
しかし後日友人たちが保管してくれていた新聞の切抜きを見ると、各社ともそれほど大きな報道ではなかったことに少々驚いた。これでふと思い出したのは、オランダが2002年に同様の法案を通過させた時のことだった。

長い公民権運動の最終結末を迎えたとき、「世界初」ということで、外国のメディアはこぞって取材合戦をしたが、当のオランダではそれほど盛り上がらなかったという。それはそこに至るまでの過程ですでに何度も大きなニュースになり、その当然の結末としての法案成立であったからといわれている。

カナダの場合まず下院で法案通過にGOが出されたとき、マーティン首相は「我々の国家は少数派の寄り集まりで成り立っており、このような国においては、人権のえり好みをしないことが重要である。権利は権利で同性婚問題もまったく同じである」とコメントした。 インターネットでこれを読んだ時、私は多くの移民の集まりで成立している国の指導者に真に相応しい言葉ではないかと、思わずこみ上げるものがあるほど感動した。

愛知万博での講演
これと前後して、名古屋で開催されていた愛・地球博のカナダ館での講演が本決まりになり、私は迷わずに講演のテーマを「カナダの人権のあり方」に決めた。
当日はマイヤー館長に温かく迎えられ、日本からの移住者としてただ一人カナダ館で講演できたことをとても誇りに思ったものだ。来場者の中には東南アジアからの方々もいて、拙著に深い関心を寄せてくれたことは嬉しかった。

この他にも東京の明治学院大学、大阪の『血縁と婚姻を越えた関係に関する政策提言研究会』(略称:政策研)の集まりなど、大小さまざまなグループと膝を交えて話せたことは、とても貴重で楽しい経験であった。

認知のために行動を
トロント恒例のゲイパレードには100余万人の観光客が集まり、市を挙げての観光の目玉となっているが、東京の代々木公園でのゲイパレードは、当然ながら規模も運営体制もトロントとは雲泥の差。公園での集会の後に行進のため渋谷近辺に繰り出したが、交通規制がないため普通車・バス・タクシーなどの間をぬってゲイのフロートが走る様は実に奇妙で、単に好奇な目に晒されるだけのお祭に過ぎない。

だがそれでも外国人を含む多くのゲイの人たちは、仲間との集いを楽しみ、続いて有志によるシンポジュームなども催された。自分たちの存在の確かさを確認し、集うことで力を結集するのは洋の東西を問わないもので、カナダもオランダも小さな集まりがやがて大きなうねりの波になり、国の法律を変えるまでの運動を展開したのである。

著名人へのアプローチ
ゲイムーブメントのみならず、何事も世相を変えるには現状を嘆くより、一歩でも行動し風穴を開ける事が大事と思われる。だがそれには多大のエネルギーと、たゆまぬ努力が必要で長い道のりである場合が多い。

訪日中の8月半ばに、尾辻かな子大阪府議会議員が「カミングアオウト」と題する本を出版してレズビアンであることを公表した。公人の立場でこのような行動を起こしたのは彼女が初めてだったようで、その勇気に大きな拍手を送る人は多かった。

無知から来る差別を少しでも軽減するには、多くの人に知ってもらうことはとてつもなく大事なこと。そういう意味で私も、自腹を切って本当に多くの人に拙著を送った。

国を動かす立場の人には、メリル・リンチ本社上席副社長の地位を捨てて出雲市長から国会議員になった岩国哲人氏に会見を申し込み、衆議院議員会館に出向いた。

またオープンな土地柄か札幌でのゲイパレードにはメッセージを送るという高橋はるみ北海道知事、上田文雄札幌市長には手紙と共に送付。加えて芸能界では、美輪明宏、假屋崎省吾、かばちゃんなる人々にも、直接オフィスを訪ねたり、手紙を添えて郵送した。

「人権を獲得するとはどういうことか」。
何度も何度も書くように私の本はゲイムーブメントの報告ではない。少しでも多くの人に「人権」を理解してもらうことが私の目的である。
「印税で左団扇」とは程遠い持ち出も持ち出しのこうした努力は、やはり風穴を開けることが大事と思うからに他ならないのである。

--次号につづく--


Nikkei Voice Dec.2005/Jan.2006(合併号)

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2005年盛夏・日本講演旅行記 T


「Nikkei Voice」編集部より:
二ヶ月半の日本滞在を終えてこの度帰国したサンダース宮松敬子氏から、最近の日本の世相や社会事情を含めた講演旅行記を寄稿していただいた。
今回はシリーズの第一回目。

十年越しのプロジェクト
私はジャーナリストとして仕事をして十余年になるが、主に「カナダの情報を日本の読者に」という姿勢で書いてきた。
カナダには日本のメディア関係のオフィスがないことで、この国からのニュースは日本にほとんど流れない。そのため英語での情報を日常に活用している日本人以外は、きれぎれに入るニュースをつなぎ合わせて動きを知る以外ない。結果としていつまで経ってもカナダの印象は、自然の美しい「赤毛のアン」で有名な国、といった領域を出ないのだ。

私が五年前に上梓した実母のカナダ体験を書いた拙著「カナダ生き生き老い暮らし」(集英社刊)に予想以上の反響があったのは、カナダの日常を知りたいと思った読者が多かったからだと思う。今春それが文庫本になったのはありがたいことだったが、何と言っても十年越しの構想、三年半の執筆期間を経て今春第二作目が出版されたのはやはり心底嬉しかった。

「Nikkei Voice」紙には何回か寄稿しており、記憶に留めて下さっている読者もおられるかと思うが、この本「カナダのセクシュアル・マイノリティたち、人権を求めつづけて」(教育史料出版会刊)は、ヒューマンライツの立場からみたゲイ・ムーブメントの歴史を追ったルポルタージュである。

カナダも問題の多い国だが、こと「人権」に関しては世界の中でかなり誇れる立場を維持していると私は思う。その人権という広い領域の中で、特にここ三、四十年の間に際立った動きを見せたものがゲイ・ムーブメントで、七月には賛否両論渦巻くなか、世界で四番目の国として同性婚法案を立法化した。

だがこうした動きも、日本では2、3行のニュースかベタ記事として扱われるだけである。なぜなら、これを「少数派全体の人権の問題」として受け取ることは日本人にはほとんど無理で、「ゲイの人権?私には関係な〜い!」といった反応がほとんどだからだ。
ならば日本にゲイがいないのか?とんでもない話なのだが、「そういうこと」に興味を示すと、自分もゲイではないかと疑われるかもしれないとの恐れがまず支配する。中には妊婦にそんな話をすると「生まれる子がゲイになる気がする」など、冗談半分ながらのコメントも聞かされた。

ゲイの芸能人
日本が北米などと大きく違うのは、世間一般ではゲイの人権など考ることもない社会構造の一方で、芸能界、ファンション界で活躍する限り、ゲイであることがあからさまでもすんなりと受け入れられていることだ。
美輪明弘、ピーター、おすぎ&ピーコ、假谷崎省吾、かばちゃん・・・。その結果「ゲイの人ってアート関係に特別な才能があるのね」のコメントが付き、普通に生活する多くのゲイの人々がクローゼットの中にいる現実には目を向けない。

日本とはその趣が異なるものの、西欧でもゲイの芸能人や、またはそう装う事で人気を得る人はいる。
一番有名なのが女装のパーフォーマー、デイム・エドナだろうが、この人の場合は徹底したユーモアと辛辣な言葉の中に、社会風刺を織り交ぜる。
日本の場合まったく土壌が違うこともあるが、メディアの中での自分の地位を危うくすることはしない。「発言」となると最近の美輪明弘のように、霊の世界について語ることになってしまう。こうして包まれたオブラートの中身を見据えない反面、そうした有名人には老若の、主に女性のファンが多いのも面白い現象だ。

東京滞在中に訪れた上野・弥生美術館で開かれていた内藤ルネ(60年代に活躍したゲイのイラストレイター)展にも、本人が出席してサイン会を催す日には、その時代に青春を送ったおば様たちが実にわんさと集まっていた。

カナダの実態に目から鱗
さてそんな不思議の国日本で私の本はどのように受け取られたか?
極暑の夏(実にクソ暑いのだ!)、九州から始まった講演旅行は、関西、名古屋、東京など合わせて十ヶ所ほどだったが、この中には愛・地球博のカナダ館、東大の上野千鶴子教授のジェンダー・コロキアムというゼミでの講演もあって、私には大変に興味深い体験であった。

地方の場合は「この手」の話題は敬遠され、やはり「お母様のご本に関してのお話を」という予期した通りの結果だった。(それでも講演の最後にカナダの人権に対する姿勢に関する話題には触れた)。

そうしたなか、地方の新聞で取り上げてくれたり、大小の意識ある女性たちの集まりからのお誘いも何ヶ所かあって、講演に加えて上映したバンクーヴァーで制作されたドキュメンタリー「Why Thee Wed?」に強い関心を寄せてくれたのは嬉しかった。世の中の意識改革は女性が先頭と言う、いつもながらの構図を地で行くのを再確認した感があった。

このドキュメンタリーは今春制作されたため、まだ同性婚法案が立法化する前のものだが、BC州で承認された七組のゲイカップルの誕生物語を追った内容に「現実としてこういう世界があるのを見て勉強になった」とか、ゲイ・カップルの結婚式でのショットで「キスの場面に驚きと同時にリアリティを感じた」という意見も聞かれ、日本での日常には決して見られないであろう「そういう人たち」の普通の生活を知ることは、一般の日本人には目から鱗だったようだ。

「差別は無知から来る」――ゲイ・ムーブメントに限ったことではまったくない。60年前に日系人に起こった悲劇も、元は白人社会の日系人に対する無知から来た、といっても過言ではないのだ。

--次号につづく--


Nikkei Voice Nov.2005




競争の激しいトロントのエスニック新聞


あらゆる民族の新聞
世界で一番マルチエスニックな街と言えば、普通はマイアミ(40%)、NY(24%)、ロサンゼルス(31%)などと思うだろう。だが統計によるとトロントが一番で、約44%(01年の国勢調査)と言う。
さすがに多様文化主義を国策としている国の最大都市にふさわしいが、ここで市民が話す言語は100種類以上にも及び、33%の家庭では公用語の英/仏以外の言葉を使用している。
これだけ多くの民族が共存していれば、そこには必ずエスニックに向けた新聞が発行される。トロントには250〜300種類あると言われるが、衰退も激しく本当の数は掴めない。

市内最大のトロント・リフレンス図書館では、29種類のエスニック新聞が読める。同民族に向けて一番種類が多いのはアラビア系の新聞で、その数は10種類という。
数が多ければそれだけ熾烈な競争が生じる。「それはメジャーな英仏新聞よりもっと過酷です」と言うのは、エスニック新聞に精通しているライアソン大学(トロント市)・ジャーナリズム科のジェームス・ミラー教授である。

その第一の理由は限られた読者が相手のためで、スペイン系のコミュニティーにタミール語の新聞は売れないからだ。

ダントツの中国系新聞
そんな中で発行部数がダントツに多いのは、やはり中国系の日刊新聞である。メジャーなものは3種類あり、2つは香港(星島、明報)、一つは台湾(世界日報)が本社で、ニュースは毎日太平洋を越えてインターネットでバンクーバーとトロントに送られて来る。

その本体を基に、カナダのローカルニュースや論調、また広告が加味されて毎日店頭に送り出される。
販売はチャイナタウンだけではなく、今時は街中のコーナーストアでも手に入る所が多い。91から01年までの、トロント首都圏に移住した出身国のトップが中国とあれば当然だろうが、「マスは力なり」という現実を嫌が上にも見せられる現象だ。

このため英語や仏語がからきし駄目でも、自分が住んでいるカナダで今何が起こり、何が問題になっているかのニュースはきちんと把握できるのである。
ほかのエスニック紙の場合は、すべてローカルで作成し発行されている。市内で一番古い歴史を持つのは、1930年に初刊されたウクライナ人向けの「New Pathway」である。

市内のウクライナ系カナダ人の人口は確かに多い。しかし最近は3世4世の時代になり、英語が第一言語になっているため、その生き残りには大いに頭を悩ましているという。
記事は英語とウクライナ語を半々にして、両国の関係記事を載せているが、「本当は読者の対象から言って20:80くらいにすべきです。でもお年寄りの読者を切り捨てることは出来ません」と編集長は言う。

この現象はギリシャ語の新聞などでも同じことで、その種類も一時は24もあったが、今は5種程度になってしまった。

日系新聞
トロント市内の日系新聞の場合も、この10年ほどの間に2つの日英併合の週刊紙が潰れている。
現在は2種類あり、日本語(日加タイムス)のみの週刊紙と、日英両語(日系ヴォイス)の月刊がある。前者は情報紙としての機能が主で、カナダ国内のニュースに関しては、ごく簡単なサマリーが幾つか載せられているだけである。

また後者は、日系カナダ人に対する戦争中の補償問題が持ち上がった折に、その連絡新聞として発行されたのが始まりだ。読み出のある硬派な記事が多いが、月一回の発行ではカナダ国内のニュースを追うわけにはいかない。

そんな事情もあり、英語が今一という移住者には、住んでいるカナダのニュースにはまったく疎いという人もいる。また日本からのテレビ受信が可能なことから、日本の選挙立候補者に関しては非常に詳しいが、カナダの選挙はからきしという現象が生じるのである。

OCS NEWS Nov.21, 2003




北米初の「セイフ・インジェクション・サイト」
バンクーバーに開所


北米で始めて
「セイフ・インジェクション・サイト」−北米ではまだあまり耳慣れない言葉だが、その名前からして、大体どんなことを目的にした場所かは想像がつくだろう。
ずばりここは「麻薬を安全に使うための指導」をするクリニックである。すでにヨーロッパでは50近くの街に、またオーストラリアではシドニーについ最近オープンされた。そしてこの9月半ば、北米で初めてバンクーバーに開所されたのである。

麻薬常用者は、その危険性を十分に承知しながらも静脈内へ打つ針を、ほかの人とシェアする事が多い。そのためHIV/AIDなどを筆頭に、血液によって伝染する病気に感染する事例が後を絶たない。ある調査によると常用者の28%以上が、針の共同使用を日常的に行っているという。

もちろんカナダでは麻薬を使うことや売買することは違法だが、そうしたことを知り抜いての今回の開所である。場所はバンクーバーのイーストサイドで、麻薬や売春などで富みに悪名高い地域である。

警察を始め政治家や住民も問題の深さを十分知りながら、今まで決定的な方策がないまま長い間放置されていた。しかし手をこまねいていては何も解決にはならないと立ち上がったのが、当市の前市長で、それを受け継いで具体策を講じたのが、去年選出された元検死官のラリー・キャンベル市長である。

もちろん多くの反対者もいたが、市長は連邦、州、市町村レベルの政治家を説得し、警察のお墨付きでパイロット・プログラムを開始させた。特に厚生省関係へのロビーイングが効をなしたという。

研究結果
クリニックは古い建物を改築し、清潔でモダンな内装に仕立て上げた。壁にはオリジナルの絵画なども掛かり、一見はちょっとしたサロンかスパのような雰囲気である。プライバシーを重んじるために、一人一人が座って麻薬を打つ机の両脇は壁で仕切られており、オーディオルームのようだ。

一日18時間オープンされ、利用者は平均800人ほどと予想しているが、ドラッグは各自が持ち込むことが前提である。ここでは、清潔な材料(針、スプ−ン、水など)を提供し、必須分量をオーバーしないように、医療関係の指導者たちが正しい使い方をアドバイスする。同時に医療関係機関へのアクセス、解毒やそのほかの治療に関するインフォメーションの提供や、カウンセリングも並行して行う。

向こう3年間は、各利用者のHIVや肝炎の進行度合いなどを含む健康状況をモニターし、危機管理に役立てることに重点を置いていく。

ここまで前向きに対処するようになった背景には、過去数十年に渡ってあの手この手で麻薬禁止を行ったものの、その手段がまったく機能していない現実があるからだ。

権威あるカナダの医学誌「メディカル・ジャナール」に、BC大学のパレプ医師が問題の現状を寄稿している。それによると、過去3年間に地域の598人の麻薬常用者を調査した結果、救急病棟を訪れた回数は述べ2763回、入院は495回であったという。

また同州では30歳から49歳までの男性の死亡原因が、ドラッグの多量使用に起因する事がかなりある。こうした結果は、当然ながら高額のヘルスケア料として各国民の税金に跳ね返ってくる。

しかしこのクリニックによって、麻薬の問題が即解決するとは誰も予想してはいない。ただ発想の転換が時には思わぬ成果を生むことがあるかもしれないが、それを裏付けるにはしばらく時間はかかるだろう。

ゲイに対する同性婚の動き、医療マリファナの解禁、そしてセイフ・インジェクション・サイトの開始。ひたすら右よりを走るブッシュ大統領に取っては、神経に障る出来事が多い最近のカナダの流れである。
ブッシュ政権下のドラッグの権威、ジョン・ワルター氏は「国がスポンサーになっての自殺行為」と非難ごうごうと言う。

OCS NEWS Nov.,24,2003




カナダの最新マリファナ事情


マリファナ法改正
カナダ連邦政府は5月末にマリファナ法の改正を打ち出した。早とちりの人々は「すわ、カナダはマリファナ天国か!」と勘違いしたようだが、これは法律を多少和らげたというだけに過ぎないのだ。

実際には今も昔も、マリファナを吸うことを国は奨励していない。ただ、今までの取締法が機能していないことが多いことから行われた法改正である。
要点の幾つかは:
@15c(15〜20本分)までの所持は、有罪にせず罰金(青少年は最高250j、大人は最高400j)を科す。運転中や校内での喫煙は有罪
A15〜30cの所持を有罪にするか、罰金を科すかはポリスの裁量に負かせる
B不正栽培は従来の7年から14年に引き上げ、不正取引は従来通りの終身刑
改正の目的は@の理由で、年間約2万人もが逮捕されるが、その95%は有罪にならない。にもかかわらず、事情徴収や裁判の手続きなどの事務処理で、警察がてんてこ舞いさせられているからだ。

また改正に伴い政府は、特に青少年に向けての啓蒙運動のために、245ミリオンcadを計上している。一見理屈の通った法則と思われるが、ワシントンはひどくお冠と聞く。

青少年への害
この法改正に合わせるかのように、カナダ統計局は最近長期に渡る青少年の素行に関する調査を発表した。これは3400人ほどの子供たちを、11、12歳の時と5年後の16、17歳になった時を比較したものである。

それによると、たとえば性格的にリスクを楽しむ傾向を持つ子の場合、マリファナ喫煙者は非喫煙者と比べ、各方面で倍の危険を犯す傾向にあるという。親の財布からお金を盗んだり、他人の持ち物を壊したりなどが多く示される。

関係者は「マリファナ喫煙とリクステイカーの性格に因果関係があるかは分からないが、そうした性格の子供のほうがより喫煙者が多いことは事実」と言う。

またその中には、すでに最初の調査でうつ病の兆しが見える子(9%)も多く、5年後にはその数字が24%に増大している。将来に希望が持てず、孤独感や食欲不振に陥ったりの傾向が現れる。

しかしこの年齢層は精神的、肉体的に大きく成長する時期で、冒険にスリルを感じる年頃であることから、マリファナ喫煙=悪い子というレッテルを貼ることはできない。だが周りの者は、その奥に大きな問題が潜んでいるかを見分けることは大切なことだろう。

医療目的の喫煙
青少年に限らず、マリファナが身体に与える影響については、いまだ賛否両論がある。
だが医学的な面から見て、喫煙が救いになる患者が多いことも確かなようだ。吐き気やめまいを伴うエイズや癌、筋肉の痛みやけいれんを起こす筋萎縮症やテンカンの患者に効用があることはよく知られるところである。
連邦政府はその点を見据え、懸案だった医療目的のマリファナ使用を7月に許可した。

指定医になるには政府との間に宣誓書を交わす必要がある。これによって患者一人当たり30cまでを処方したり、マリファナの種を与え患者に育成を促すことも可能だ。
もちろん新たな道が開かれたばかりで、今後この政府の決定がどのような方向に波及するかは今のところ定かでない。

だが一番懸念されるのは医者による「適量の処方」で、場合によっては後に訴訟に発展する恐れがないとはいえない。また指定医のオフィスに泥棒が入る可能性もある。
だがピンキリといわれるマリファナの質は一体誰がチェックするのだろうか? 巷では政府関係者の誰かが、常時「試験的喫煙」をしているのだろうともっぱらの噂だ。

2つの法の改正は、一見ちぐはぐな面があることは否めないが、なにはさておき、連邦政府の大ナタの決断を賞賛する人は多い。

OCS News: August 1, 2003




シール(あざらし)・ハンティング


イヌイット文化と密接するシール
カナダの最北端に住むイヌイットたちが美味とするものは、捕獲したてのシールの生肉で、特にその肝は極上のデリカシーという。ちょうど日本人が、新鮮な刺身や魚の卵などを好むのと同じなのだろう。

永い間に育まれた食文化にはただ美味しいだけでなく、栄養的にみて理にかなっているものが多い。シールは肉や毛皮以外にも、ヒレ、骨、油、ペニスまでが売れ筋という。イヌイットにとってのハンティングは、有史以来の生活に密着した慣習の一つなのだ。

だが残念なことに、60年代の前後に大西洋側に生息するシールを大量に乱獲し、売りさばく業者が次々に現れ、その生存数に危機が感じられるようになった。それが環境アクティビスト、アニマル・ライツの活動家たちの目にとまり、ハリウッドなどの俳優たちを先頭にしての、センセーショーナルな「カナダのシール不買運動」に発展した。

反対デモの中には、極寒の真冬にオタワの街を横断する凍結したリドウ運河で、若い女性がビキニのパンツとボディー・ペイントの裸体姿で現れ、「We'd Rather Bare Skin Than Wear Skin(毛皮を着るより裸のほうがいい)」のバーナーをつけて、スケートをするなどのラディカルなものまであった。

愛くるしいシールの姿と「動物虐待反対」「種の滅亡防止」というキャンペーンは、2乗、3乗の効果をなし、良心の咎めと相まって60、70年代の欧米を席捲した。しかしこうした反対運動には、必ずしも科学的な裏付けがあるとは限らないと見る関係者も多い。有名人にとっては名を売るのに絶好のチャンスであり、また反対することが「文化人」のシンボルにもなる。

だが場所柄、ほかの仕事などを容易に捜せないイヌイットたちには、死活問題である。大きなマーケットである米国市場が閉ざされては、生活が成り立たない。アメリカが市場を閉鎖したことによって影響を受ける多くの産業の中でも、シール・ハンティング産業は最もダメージを受けたものの一つと言われている。

今彼らは政府からの援助を受けてはいるものの、それでは思うように生活が立ち行かない。そこでイヌイットの生活とシール・ハンティングがいかに日常生活に密着しているかを説くビデオを制作した。自分たちの生活様式に自信を持って生きられることは、子供たちにも誇りを持たせることになり、ひいては地域の幸せにもつながることを理解してもらうのが目的だ。

またNYタイムズに、「狩猟が人間にとって重要な生活圏では、動物の保護を十分に考慮し乱獲を避けるなら、その毛皮を生活の糧として売却することを許可すべきだ」と投書もしたが、今のところ米国がカナダのシール輸入を公に再開する見通しはない。

動物愛護と先住民
だがミレニアムを迎える頃から売り上げが徐々に回復し、92年の1億4000万カナダドルから01年には3億3000万カナダドルになり、数字の上にもくっきりと表れるようになった。

それは狐や、ビーバーなどを含む毛皮ファッションが徐々に戻りつつあるのが理由だ。禁止とは言いながらも、輸出先は少量がヨーロッパや北米、また動物愛護などにはあまり荷担しない、中国、台湾、香港、韓国などのアジア向けが主になっている。

特にシールは、モダンでファッショナブルなコートをはじめ、ミトン、帽子などに白、黒、さび色に着色された毛皮が使われているという。だがアジアの不況回復に希望を託していた夢は、ここに来て今度は戦争とSARSが影響し、どの程度の伸びが期待できるかは危ぶまれる。

無秩序な乱獲のあおりを食ったイヌイットたちは、「動物愛護を旗印にする活動家や有名人は、我々に及ぼす影響などを考えたこともないだろう」と嘆き、「国境の南の国では、街にホームレスがいっぱいにもかかわらず、ペットが人間以上に扱われたりするけれど、ここではまず人間の生活を優先するのが先決だ」と顔を曇らせる。

OCS NEWS  June 6、2003




トロントのSARSは心配がありません!
- WHOの渡航自粛勧告解除 -


政治家の認識不足
政治家にとって最も重要なことは二つある。それは、選挙公約を守ること、そして「いざ鎌倉」という時に、即実行に移せる行動力だ。9・11以後のジュリアーニ前NY市長の真摯な態度を思い出せば容易にわかる。

今世界の人々を恐怖に陥れているSARS(重症急性呼吸器症候群)が、トロントでも問題になり始め、隔離の患者や死亡者が次々と増えている時、さてカナダのリーダーたちがどこにいたかと言えば、首相はドミニカ共和国で休暇、オンタリオ州知事はアリゾナでゴルフ、トロント市長はフロリダでC型肝炎の療養をしていた。

時期的には前後していたものの、またどのリーダーも旅行先でトロントの状況を完全に把握していたとは言うが、まさにこれは、誰もが問題を重要視していなかった証拠である。つまり素早く手を打たなければならないという切迫感がなかったのだ。

まあ、彼らの名誉のために付け加えるなら、「お家大事」の時にいつもこうであるというわけではない。だが今回ばかりは、このミステリアスな病気に対する危険性を認識するのがいかにも遅すぎた。

もっとも首相を始め各政府レベルの閣僚たちは、危険度がピークの時に、お客の来なくなったチャイナタウンで、相次いで食事をするなどのパフォーマンスはした。だがそれは世界に向けてのメッセージではなく、すでに70?80%もビジネスが落ち込んでいた中国系レストランにとって、どれほどの助けになったかは怪しいものであった。

経済的な落ち込み
そこにきて泣きっ面に蜂のごとく、4月23日にWHO(世界保健機関)はトロントへの渡航自粛勧告を出した。まるで「落第」というハンコを押した成績表を、鼻っ面に突きつけられた感じだった。

驚いたのは一般市民である。なぜなら、それまでトロント市内では、誰もが町中でマスクなどをすることもなく、普通の生活を送っていたからだ。指定病院に出入りしない、いつもより清潔を心がける、といったことは当然実行していたが、地下鉄、バス、市電の交通機関を利用して仕事に通い、昼食をレストランで食べ、映画に行き、教会に出かけ、友達と会い、万の単位で人が集まるスポーツ観戦も楽しんでいたのである。

だがネガティブなものに対する世界の人々の反応はすさまじいもので、季節的にこれからという時期に、観光客がパタッと来なくなり、各種のコンベンションや有名人のパフォーマンスが一斉にキャンセルされた。まさにあれよあれよという間の出来事だった。

勧告はたった1週間だったが、すでに各方面にわたって弱体化していた経済に拍車が掛かったことは言うまでもない。これによる総合的なダメージは、現在のところ21億カナダドルと言われ、立ち直りに2年は掛かると経済界は予想している。

躍起の観光業界
今トロントのSARSは完全にコントロール下に置かれている。周知のごとくカナダの医療システムは世界に誇れるもので、国民皆保険が敷かれており、貧富の差によって市民が医療体制から落ちこぼれるといったことは一切ない。また患者や死亡者の数、その現状などを隠したりすることも絶対にない。

勧告解除の理由は、この20日間あまり新しい患者が出ていないこと、また政府が前向きに対処する姿勢を見せたからだという。一例をあげれば、空港での出入国の乗客に、早速検疫体制を導入することになり、行政が一体になって、各方面への経済援助にも乗り出した。

民間では一人125カナダドル(約87米ドル)で、「Lion King」か「Mamma Mia!」のミュージカル一本、Blue Jayの野球観戦、ホテル宿泊、レストランでの食事込みといったパッケージ(二人部屋)を売り出したり、またドームでの野球観戦の入場料を1ドルにしたりと、集客に躍起になっている。

もうトロントのSARSは心配ありません。さあ、この機を見逃さずぜひトロントにお越しを!

OCS NEWS May 9,2003




デモクラシーの国の一夫多妻制


神の勅令
こんなときの思いを表す日本語は、多分「おぞましい」が一番適当だろうかと思う。
「神の勅令」と称して、ウィンストン・ブラックモア(56)という男性が、26人もの妻と80人の子供を「所有」し、カルトを信じる人々のセクトの中で君臨している話を聞いたときの気持ちである。

場所はBC州の片田舎。アイダホ州との国境に近いCreston という小さな街から山奥に進むと、下界からは遮断された通称Bountiful(慈悲に満ちた)と呼ばれるセクトに突き当たる。

偏った宗教を信じる人々が、こうした生活様式を送るのは珍しいことではない。だがそれが、数百人から千人ともいわれる大集団で、セクト内で結婚している男性の半分以上が一夫多妻制を実施しているとなれば、いったいデモクラシーを標榜する国の連邦や州政府は何をしているのかとの疑問が湧く。

このグループは、United Effort Plan(UFP) という、キリスト教の根本主義を信じる一派である。旧約聖書を自分たちに都合よく解釈し、天からの勅令で多くの妻をめとり、セクトの繁栄のために女性たちに次々と子供を産ませているのである。

彼女たちには、出産しないと死んでから「神の国」に入れないことを幼少時から繰り返し教える。そのため15,6歳になると抵抗なく結婚し、多くの場合自分より2、3倍(時には4倍)も年長の男性の、何番目かの妻になることが日常化しているのだ。

もちろん教育などはどの子供も最低限しか受けられず、グレード7の半分以上が、読み、書き、算数の点数が州平均をはるかに下回っている。

Crestonの街の人々はこうしたことを知ってはいても、幼妻の妊婦姿を余りにも頻繁に街中で見るため、「今更取り立てて彼らの生活様式に目くじらを立てることはないと思っている」という。

それもそのはず。セクトの人々の生活は山奥ではあっても、日々の必需品や買物は街に下りてくるため、ビジネスで街が潤えば「お互いに干渉しないのが得策」と決め込んでいるのである。街の人々の口は誰もが堅く、決してセクトの陰口は言わない。

モルモン教の一派とのつながり
ユタ州のソルトレイク・シティーに本拠を置くモルモン教が、最高の幸福を得るにはこの教会しかないという「神の唯一真の教会」の教義を信じ、非常に画一的な幸福観しか認めない宗派であることは知られている。
昔この宗教は一夫多妻制を認めていたが、世論に押されて1890年あたりに公式に制度の終了を宣言した。

しかしそこから分かれ北上したグループの一つが、アルバータ州の幾つかの街に居を構えたのである。その流れを汲むのがUFPで、50年余りの歴史のあるBountifulは、同じように分離してアリゾナ州に残った一夫多妻制度を持つ宗派と密に連絡を取っている。

何故か? その主な理由は若い女性たちを将棋の駒のように動かし、子供を産ませる目的で、あちらこちらにシフトするためである。特にアメリカからカナダに来る若い娘は多く、もし国境で捕まれば、カナダ移民法の「人道主義」制度に絡んだ手続きを申請する。その後は幼妻となってセクトに住み、国から健康保険、社会保障をもらい、子を産んではチャイルド・ベネフィットも獲得する。

しかし男たちの言い分は、法律上の妻は一人で、その後性的関係を持つ若い女性たちとは「婚外交渉」であるから「複数婚」にはならず、賞罰の対象ではないという。

宗教の自由
内部抗争などでセクトを離れた元関係者によって、内部で日常的に行なわれているレイプ、幼児虐待、近親姦が明るみに出てはいる。だが国が大掛かりに手入れをするには、憲法で認める「宗教の自由」が邪魔をすると見る弁護士は多い。

セクトを牛耳るブラックモアも法律を知りつくしており、あの手この手の抜け道を探している。おぞましさがますます増大する由縁である。

OCS NEWS Feb.14, 2003




新潮流


オルフォン(Allphone)
カナダでは昨秋2001年の国勢調査の結果が発表された。その後折に触れては、5年前と際立って異なる社会現象などが、数字の裏付けとともに紹介されている。

その一つはカナダ国民の6人に一人が「オルフォン」であるという事実だ。ちょっと聞き慣れない言葉だが、これはカナダの2つの公用語である英語や仏語以外を母国語とする人々のことである。調査によるとその使用言語は130ヶ国語で、人口にすると530万人(総人口は約3140万人)ほど。5年前の調査より12%余りの増加である。

理由は出生率よりも何倍ものペースで移民が進んでいるためで、人口増加の約3倍の早さである。

その主流をなしているのはアジア、中近東からの人々で、中国語、パンジャブ語、タミール語、アラビア語、ウルドゥール語など驚くほど多数の言語が日常に使われている。30年ほど前まではイタリア、オランダ、東欧などからの移民が著しかったが、今はその流れが大きく変わっているのだ。

この傾向は4大都市(トロント、ヴァンクーヴァー、モントリオール、カルガリー)に顕著に見られ、特にカナダの最大都市であるトロントが、マルチリンガル/マルチカルチャルの中心地となっている。

ここでは60以上の言語が話され、10人のうち4人がオルフォンである。これは前回の調査より17.8%増。
5年前まではイタリア語が第三言語だったが、今は中国語(北京語、広東語、その他多くの方言。2.9%)にその地位を奪われ、イタリア語(1.58%)、ドイツ語(1.48%)、パンジャブ語(0.92%)、スペイン語(0.83%)などが主流をなしている。

郊外に集中
またこの新潮流が以前の移民の流れと大きく異なるのは、いわゆるダウンタウン地域の「市内」に人口が集まっていないことだ。

もちろんトロントも車中心の社会だが、それでも北米の街の中では珍しく、地下鉄、バス、市電、郊外への電車などがかなり発達しており移動がしやすい。そのため今までは、外国から移住して来ると、まずダウンタウン地域に居を構えた。つまり「新移民=市内」と相場が決まっていたのである。

ところが最近は家屋の高騰で、なかなか市内に家を持つのが難しく、比較的安価に家を買ったり借りたりできる郊外へとその人口が集中しているのだ。

もちろん同じバックグランドを持つ人々が住む場所の方が、言語の不自由が少ないという利点もある。加えて人が集まればショッピングセンターができ、同国人の人口比率の高まりによって、母国の食料などを売る店、レストラン、不動産、美容院ができる。英語や仏語ができなくとも何のその。母国と違わない生活が可能である。

多言語の活用
また大家族主義が多い中東や東南アジアの人々は、一人がカナダに来ると、その後兄弟や両親、親戚などを呼び寄せる人たちが多い。そのため郊外の一軒家には驚くほどの人数が住んでおり、驚異的な数の子供たちが地域の学校に通うことになる。

新天地での生活は共働きを余儀なくされるが、祖父母が孫の面倒を見るため保育所探しの苦労はない。だがこれはカナダに住みながら、学童期まで英語/仏語はテレビ以外に触れない生活を意味する。

この新潮流に政府はまだ打つ手を持たないため、こうした地域でのESLの先生は圧倒的に少ないく、必然的に受け持ちの担任がその任をも負うことになる。先生たちは平均70%以上もの余分の仕事にあえいでいる。

とは言え、言語の専門家の話では幼児期に一言語をしっかりと身に付けておけば、環境が整い次第子供は2言語、3言語と習得して行くという。多言語の豊かさを将来うまく活用するためには、この新潮流にあわせての公的機関のサービスの充実が望まれている。

OCS NEWS Jan.17, 2003




じわじわと押し寄せる環境汚染


日々の生活の中で
拙宅のある通りの大きなメープルの木の何本かが、この秋無残にも切り落とされことになった。まず先に枝だけをトリムして、来年の春を待って根元から切り倒されるとのことだ。
枝葉のない木々は、遠くから見るとまるで巨大な彫刻のようだ。

伐採の主な理由は歳のせいなのだが、加えて排気ガスなどが拍車を掛けているとのことで、人、家屋、車などに被害を及ぼす前に切り落とそうということになった。
人家の前庭に植わってはいるものの、これはトロント市の所有物であるため、もしものことがあった場合訴えられるのが怖いからだろう。アメリカの比ではないものの、カナダもご多分にもれず何事も裁判沙汰になることが多い。

それにしても100年以上も経っている大木が、一本また一本と切り刻まれる様は言いようがなく淋しい。通りがパッと明るくなったのは嬉しいが、春から秋に掛けて両側の木々の枝が大きく伸び、アーチを作る様は見事だった。これからはそれがマンダラになり、通りの雰囲気がまるで違ったものになるのは必須である。

木々も空気汚染にあえいでいる如実な例と言うわけだが、人間も同じ原因でアレルギーや喘息を起こす率が毎年上昇し、それが直接、間接の原因で死亡する人はトロント周辺で年間千人を越すと言われている。私事だが、この夏小型飛行機に同乗して郊外からトロントを遠望する機会があったが、街の真上に黄色くて厚いポリ―ションの雲がまるで傘のように覆いかぶさっている様が見え、背筋の寒くなる思いを味わった。

これは何もこの町だけの現象ではなく、大都会が共通に抱える問題であるのは分かる。だがこうした雲にしろ木々にしろ結果を目のあたりにすると、実際に人間生活を脅かしている環境汚染の恐ろしさが身に染みる。

COP8「デリー宣言」
先月末にインドのニューデリーで開催されたCOP8(国連気候変動枠組み条約第8回締約国会議)の成り行きは周知の通りで、先進国、途上国、米国が三者三様の思いを絡め、大きな進展がないまま譲歩に譲歩を重ねた宣言を採択した。

当然ながら温室ガスの削減をすれば経済発展にはマイナスになり、途上国は先進国からの援助がなければ実行できない。それでも今回は、『途上国も含めすべての締約国が、削減に取り組むことの必要性を確認すること』で妥協が成立したという。

また「キョウト・アコード(京都議定書)」の名で知られる、地球温暖化防止のための早期発行を呼びかけることも一応合意している。

だがアメリカは世界からなんと言われようが「わが道を行く」とばかりに離脱。今春ヨーロッパ訪問の折りに聞かれた米国批判は「禁煙に関しては気違いのように取り締まるのに、温暖化防止には知らん顔の不思議の国」と言うものだった。

だがカナダも離脱はしないまでも、国内での足踏みは揃わずにいる。我々の責任は、国民一人当たりの炭酸ガス排出量を一年に一トン減らすとのことで、これは現在の20%弱に当たるのだ。難関はアルバータ州やBC州の強い反対であり、また各産業界からも不満が噴出し、首相はリーダシップの欠如を指摘されて苦慮に立たされている。

化石賞
そんな弱腰を見抜かれたのか、COP8会議開催中に円滑な交渉を妨げる国を選んで表彰した「化石賞」の3位にカナダは“堂々”と入賞している。これは地球温暖化防止に最も“非協力的な国”という非常に不名誉なものである。

第1位は言わずと知れた米国。他国と足並みを揃えない自分勝手な姿勢が入賞への大きな評価につながった。2位はやはり削減に消極的なアウジアラビアである。

環境ホルモンの影響で、男性精子の質や量の減少が言われて久しく、男の赤ちゃんの出生率も低下しているのは世界的現象と聞く。また乳がんの原因もいまだ解明しておらず、この1/4世紀に28%もの増加を見せ、環境との関係も指摘されている。

拙宅の通りの大木のように、ある日自分がこんな無残な姿にならぬことを願うばかりである。

OCS NEWS Nov. 22, 2002




老人大国にまっしぐら


年齢中央値は37.6歳
「老人大国」と言う言葉は、この数年日本のメディアでよく使われる言葉で、まるで日本の将来を示す代名詞みたいになった感がある。

今どき中年以上の日本人に聞けば「2015年あたりには、4人に一人がシニアになる」と言うことは誰でもが知っている。確かにどの統計を見ても、日本が“全世界”の何処よりも「老人一杯」の国に向って最先端を走っているのは間違いないのだが、この傾向はもちろん日本だけに限ったことではない。

その理由は、言わずと知れた戦後の団塊の世代、こちらで言うベビーブーマー達がリタイアの時期を迎え、大量にシニアと呼ばれる年齢層に突入するからだ。

これはカナダも例外ではなく、先日発表された2001年実施の国勢調査の結果にもくっきりと現れた。どの新聞にもこぞって「エイジング・ソサエティ」「エイジズム」「グレーイング」といった言葉が並び、余り希望の持てる将来展望とは言いがたかった。

カナダ国民の年齢中央値は現在37.6歳で、日本の41.2歳に比べればかなりよいものの、ビッグ・ブラザーである南の大国アメリカの35.5歳よりは、かなり年よりの多い国ということになる。

若い移民を歓迎
またこの10年ほどで年齢増加の際立った層は、80歳以上の人たちで41.2%、100歳以上もたった5年間で21%も増えているのである。
となれば出生率も低い(1.52人)カナダでは、将来若年層たちが見るシニアの比率も日本と同じに高くなると予想される。

だがこの点のコメントを求められたクレチェン首相は、「女性達に子供を産んでもらいましょう!」なんて口が腐っても言わなかった。

まかり間違ってそんなことを言おうものなら「私たちは豚やホルスタインの牛ではありません!」とすぐに、女性アクティビストたちから言われてしまうことを承知だからだ。
そこで彼は「若い移民を増やして対処するのが良いと考える」といったのである。ところがこれに対しては「移民の出身国にもよるが、例えば一人の若者が来ればそれに伴って将来はその両親、場合によっては祖父母たちまでもが移住してしまうことが多く、問題解決にはならない」と文句をいう人もいた。あっちを立てればこっちが立たず、である。

老いらくの恋
そんな折、カナダのTime誌と言われるMACLEAN’Sという雑誌が「Old Flames」などという特集を組んだ。日本語にしたら「老いらくの恋」とでも言うのが適当か?
おお、何だか昔懐かしい言葉だなと思い、その語源を調べてみた。こういうときインターネットってホントに便利!

いわく、「元住友本社常務理事で歌人の川田順という67歳の男性が、3人の子供の母親である40歳の歌弟子の某大教授夫人を好きになり死まで考えたが、結局はこの女性が離婚して結ばれた。恋に苦悩していたとき、川田が「墓場に近き老いらくの恋は怖るる何もなし」などと詠ったところからきている。
これは一挙に世間の注目するところとなり、戦後の自由恋愛を象徴するスキャンダル第1号で「老いらくの恋」は大流行語になった」とある。

現代の感覚では「67歳=老いらく」というのは気の毒な感じだが、時は1948年(S23年)のこと。童謡の「船頭さん」では♪〜今年60のお爺さん、年はとってもお船を漕ぐときは〜♪と歌われていた時代だからそれもうなずける。だがそれから時は移り、半世紀以上たった今時のシニアは、なんの、体力も知力も元気溌剌だ。

この特集でもシニア同士の結婚がいま大急増しているというものだった。65歳以上で長期ケアの療養所に入っているのはたったの5%で、後は皆心身ともに健康。
となれば8、90代の「老いらくの恋」が盛んなのも分かろうというものだが、残念なのは3:4で女性の数が多いことだ。

中でもダンスが踊れる男性は、ことのほか人気があるとのこと。男性諸君!いまから「イチ、ニイ、サン」とステップを習っておけば、将来伴侶を亡くしても孤独にならないことは請け合いですよ。

OCS NEWS AUG.27,2002




カナダ結婚事情


一番多い8月の花嫁
昔、6月に結婚する花嫁をジューン・ブライドと呼び、この月に結婚する女性は幸せになれると聞いたとき「数ある月の中でどうして6月かな?」と思ったのを覚えている。

でもその後北米に来て「ははーん、なるほど」と実感した。つまり、じとじと雨の続く日本と違って、6月と言う月は一番爽やかで気持ちの良い日が多いからだ。
もちろん広い大陸のこと。地域によって違いはあるだろうが、少なくともトロント周辺に関して言えば、確かに6月は暑くなく寒くなくまことに素敵な月である。

それでは本当にこの月に結婚する人が一番多いのかといえば、あに図らんや、実際には8月が一番ポピュラーな月。次いで6,7,5,9月と続き、経済の動向によって左右されるものの、結婚産業の華やかさはカナダも同じことだ。

時代は21世紀
『何でもあり』の今の時代に、結婚という社会的規範にこだわるのはもう古いのではと思われるが、どうしてこればかりは、どれほど世の中が進歩しようと、人間の基本的要求の最たるものの一つであるようだ。

だからこそ、同性愛カップルもその権利を主張し、カナダではヘテロのカップルとまったく同等の扱いを受けるベく、一歩一歩その歩みを進めている。
それはいまだに、結婚というものが大人になったというシンボルであり、社会の中での位置付けを確立したことの約束事になっているからだと言われる。

それを数字で裏付けてみると、2001年には15万6千余りが結婚している。
とは言えむかしと違って、そこにいたるまでに同棲期間を置くという考えは、今ではごく普通で、社会的にほとんど抵抗なく受け入れられている。カナダの場合、平均婚約期間は14ヶ月、結婚年齢は女性が27歳、男性が29歳である。

学生ローンを返済し、キャリアを身に付けようとすれば、30代近くにならなければ実際には、結婚したくても出来ないのが現実である。
個々のケースによって当然そのコストはまちまちだが、結婚費用は平均2万3千ドルほどとか。この中にはウエディグドレスも含まれているが、最近は初婚でも純白を着るとは限らず、赤でアクセントをつけたり、ブルーや黄色も珍しくない。

日本でも雅子様のご結婚の後、十二単にあやかった女性もいたという。こちらでも王室、俳優などの真似をする人は後をたたないようだ。

しかし結婚式が終わり「They lived happily ever after」とならない例は、これもまた今時珍しくもなんともない。カナダの離婚率は45%(アメリカ49、日本31%)で、平均結婚年数は14年弱。一番離婚の危機を迎える年は3年目ということだ。

結婚=子供という方程式が成り立たないのはカナダも同様だが、ちなみに出生率は1.52(アメリカ2.08、日本1.33)である。

日系人の結婚
トロント市は人口の50%以上が外国生まれであることは、以前にも何回か書いているが、当然ながら日本人もその一翼を担っている。日本からの移住者は1973年に千百人余りが移り住んだのがピークで、その後は他の民族と比べると非常に低迷である。

その移住者たちの子供たちも、そろそろ大人の域に入り、ボーイフレンドやガールフレンドのこと、あるいは“身を固めた”という話をこのごろよく耳にする。

その中で興味ある現象は、両親が日本人の場合その子供が男の子か女の子かによって、ある流れが見られることだ。これは学術調査の結果ではない。だが回りで見聞きする幾つかの例を見ると、女の子たちはいろいろな人種と異人種間結婚をすることが多いなか、男の子はアジア系の女性と付き合ったり結ばれる例が少なくないことである。

また日英が堪能なのを生かして、日本に勉学や仕事で出かける子弟も多いが、日本人と結婚して帰ってくるのは大概男の子である。
最近もIT関係の仕事をしている25歳の日系男性が、出張先で知り合った日本女性と婚約した。いわく「なんと言っても細かい心配りは、日本女性の方がある」と。

うっふん、なるほどね。文句ある?!

OCS NEWS Aug.2,2002




女性の意識改革


内親王誕生
12月1日、日本の皇室に内親王が生まれたというニュースをインターネットで見たとき、私は思わず「ブラボー!」と叫んだ。
それは一つには、この8年余りの歳月の間、皇太子妃にはどれほどの精神的な重圧があっただろうことに思いを馳せてのものだが、一方では内親王であったことへの賛美だった。


何故なら今後日本が、男性にしか皇位継承が許されないという伝統を、どうやって変えていくのかということにとても興味があるからだ。
おそらく日本の皇室の本音は「できれば親王であって欲しかった」というものだろう。それが証拠に、まだ皇太子妃には次の出産も可能という見解があることが言われている。

もちろん38歳では、これからも一子や二子を出産されることは可能に違いない。そしてもしそれでも駄目なら「法律の改正も」と言うことらしい。
だが天皇が男性でなければならない理由は、「伝統」という以外に何があるのだろうか?仮に次に親王が生まれたとしても、第一子の内親王が象徴天皇になっておかしい理由はなにもないと思われる。

多くの人が知っての通り、歴史をさかのぼれば女性が統治した時代もあったことだし、男性のみの皇位継承の伝統は高々明治以来のものである。
すでに民間人が皇室に嫁ぐことに驚ろく人はいなくなった。世論も女性天皇論を指示している。

12月1日以来「What do you think about it?」とカナダの友達に聞かれることが多い。「そうなって当然でしょ?」が暗に含まれている質問だ。「そう、そうなって当然!」と私は答えている。

そしてもう一つ、日本の伝統で不思議なのは相撲の土俵に女性が入れないということ。女性を「不浄な者」とすることがその原因の一つといわれている。
これも日本の古くからの伝統にのっとってのこと。しかし今は外国人の力士など全く珍しいことではなくなった。ここも皇室と同様一つの側面に風穴を開けたのなら、もう一歩踏み込んで「古い伝統」に固執する固くなさを捨てるいさぎよさも必要なのではないか?

もちろん何であれ人が一つの殻を破るには必ず痛痒が伴う。そして破った後には惜別の思いや後悔も伴うものだ。それを「つまらないこと」などと一笑に付すつもりは全くない。だが近代国家にふさわしく、より男女平等に近づくフレキシビリティーというものに臆病であってはならないと思う。

 
女性の意識改革 
昨年の秋私は日本の各地に講演に呼ばれた。山陰、瀬戸内海、大阪、北陸といった街々で「カナダのシニアの生活」とか「カナダの多様文化主義について」とか、また日本の男女共同参画法導入に伴って「カナダのドメステイック・ヴァイオレンス(DV)の現状」など多岐にわたって話す機会に恵まれた。

特にこのDVの問題はセクハラ同様に、日本でもやっと公に語られることが可能になり「DV防止法」も施行され始めた。夫、恋人など身近な男性から女性に向けられる暴力を「痴話げんか」などと片付けずに、「女性の権利を侵すもの」との認識が法律化されたのは大きな前進である。

しかし地方を回って感じたことは、社会の多くの動きがまだほとんど男性主導で、女性の入る余地が極めて少ないという現実であった。特に地方行政を司る自治体はなんと言っても男性がその中心である。何故かといえば長い間の「伝統」だからだ。

とはいえ、若い方から中高年の女性まで、家庭と仕事を見事に両立させている姿に接することは多かった。にもかかわらず、ご招待を受けたある式典の壇上には男性しか座っていない。それを「違和感を感じたことがなかった」という女性達。もちろんこんな光景が余りにも日常的になっているからだろうが、それを「変だな?!」と感じる女性の意識改革の必要性を痛感した。

OCS NEWS January 18, 2002




「星条旗」と「カエデの国旗」


星条旗
アメリカ人の旗好きは、以前からよく知られるところである。学校、政府、公共機関の建物はもちろんのこと、何かの記念日以外でも、普通の家のポーチに、国旗が掲げられているのを目にすることは珍しくなかった。それに更なる拍車がかかったのが、9月11日の惨事であることは、誰もが認める事実であろう。

彼らが何故これほどまでに旗が好きかには、いろいろな理由があるだろうが、その一つは、やはりアメリカが世界のあらゆる国から集まる移民の国だからだろう。
つまり、さまざまなバックグラウンドを持つ人々の、寄り集まりである移民国家をまとめるには、国民の意識を集約できるシンボルが必要であるということだ。
「この旗の下(もと)に我々は一つ」という考えから、国民が星条旗に特別の思いを抱き、それを誇りに思うことで、国への忠誠意識を育てているのではなかろうか。

しかし同じ移民国でも、カナダではそれほど旗への執着心が見られないのは、「ルツボ主義」と「モザイク文化主義」の違いが影響しているのかもしれない。カエデの国旗を、「忠誠へのシンボル」にするには、ケベックがネックになることは容易に想像がつく。

今回の事件で、カナダのメディアが伝える国旗に関する記事には、渦中にいながら一歩引いて見る余裕があるせいか、興味深いものがある。
その一つはこの夏の話題をさらった、ワシントンDCの若いインターン女性の失策事件を引き起こした、ゲーリー・コンディット議員の出身地、カルフォルニアのマーセットという片田舎での話。

クリントン前大統領の二の舞かと思わせた、熟年男性と年若い女性の色恋の絡む事件は、それまで連日トップニュースだった。ところがテロ事件以来、その話題はもうほとんど人々の口に上らなくなったという。
代わりに家や車や身体のどこかに、国旗を掲げていなければ、国への愛国心度が疑われるという。当然のことと思いつつも、ナショナリズムの高揚にある意味で怖さを感じる。
またテロ事件で、旗作りに従事する人々のビジネスが急上昇を遂げたというのは、何やら嬉しくもあり、また悲しくもある話題ではある。

カエデの国旗
アメリカという国自体が、好きか嫌いかは全く別問題としても、赤、白、青を基調にした星条旗というのは、非常に形よくまとまったデザインだと思う。
旗の代名詞「スターズ&ストライプス」の通り、赤白の13の縞模様は建国時の州の数で、現在の50州は星でその数をあらわしている。はっきりしていて分かりやすい。

州の数を旗に表すのはカナダの国旗も同じことで、中央の赤で染め抜かれたカエデの葉の引っ込みが12あるのは、国旗制定の65年代には、10のプロビィエンス(州)と、2つのテリトリー(準州)からこの国が成り立っていたからと言われる。

ところが去年の4月には、北方にヌナヴットという準州がもう一つ誕生した。さて誰かが文句を言って世論が沸くかと思ったが、期待に反して何も起こらなかった。
穏やかなカナダ人らしいと言えなくもないが、「カナダらしい明るい旗」としてすこぶる受けが良いのが理由かもしれない。

51番目の州
ブッシュ大統領が、テロリストに対して事実上の宣戦布告をした9月20日スピーチでは、協力国への感謝の気持ちをあらわしたが、隣国カナダの名はもれていた。
あわてた大統領やパウエル国務長官は、その後「余りにも近くて兄弟のようだから」と弁解しきり。非常事態にそんなことをとやかく言うのは大人気ない、というのがカナダ側の態度ではあったものの、すっきりしなかったのも確かだった。

ある著名なニュース・キャスターは、「きっと大統領は、カナダを51番目の州と考えているのかもしれない」と皮肉った。
テロ事件の後の世論調査では、「セキュリティーの為には、多少カナダらしさを失うことになってもしかたがない」に59%が賛成という結果が出た。さて遠い将来カナダが本当に51番目の州になってしまったら、カエデの赤い葉は、50の星の真中にでも置かれるのだろうか?それとも白い星の一つになってしまうのだろうか?

OCS News Oct. 26, 2001




カナダのテロリスト対策


疑われたカナダ
今回の醜行には、一体どのような言葉を持って表現したらいいのだろうか? 驚愕、震撼、恐怖、無感覚などなど、どれもが当てはまり、そしてどれもが充分ではないだろう。

誰でもが思うように、多くの罪のない一般市民を巻き込む、無差別なテロほど卑劣な行為はないと思う。本当にこれからの世の中は、世界中に根を張って散らばっていると言う、数え切れないテロリストたちによって、一体どこで何が起こるのか、まったく予測するのが難しい状況になった。

アメリカの隣国であるカナダは、11日の大惨事のすぐ後に事件を引き起こしたテロリスト達が、陸路或いは空路で、ケベック州かノバスコシア州から入国したのではないかとの疑いが持たれた。後からすぐにそれは間違いだったことが分かったが、一時は誰もが「ありうる」と思ったものである。

アメリカ運輸省の調査によると、北米の西海岸から東海岸までの米加間の国境検問所は、大小あわせて78ヶ所あると言う。これには鉄道貨物などの行路も含まれるが、このルートを通って年に三千万台以上の車が、カナダからアメリカに入国する。

テロリストたちは例え空路が駄目でも、陸路を使って両国間を往復することはいとも簡単なのである。少なくと今までは――。
だが問題は、そうした国境間の出入国のことだけではなく、難民政策、或いは政治亡命者に対するカナダの取り締まりについても及んでいる。

自由と権利の憲章
爆撃の直後、カナダのエリノア・カプラン移民及び市民権大臣は、フライトの混乱で足止めを食った出張先のコロンビアのボコタから、「カナダはテロリストや犯罪者に対しては、世界の中でも特に厳しい国の一つである」とコメントを出した。

また現在国会の最終審議を待っている移民法の改正案は、野党から「厳しすぎる」との批判を浴びているほど、細部にわたり規制のあるものだと指摘した。

しかし今までにもよく人々の口に上り、またメディアなどでも議論されるのは、カナダ政府の難民に対する取り扱いの安易さである。カナダは外国人がどんな形であれ、一たびこの国の土を踏み難民申請をした場合、例え正式な書類などを持参しない人でも、受け入れる政策を施行している。

驚くのはそれが政治亡命者の場合でも、充分な背後のチェックをしないことだ。その理由はカナダの法律の基礎をなしている「権利と自由の憲章」によって、亡命者の人権が守られるためで、一旦カナダに入国してしまえばその後は、国外追放を巧に回避することも難しいことではないという。

米加間の協力
またカナダは入国に際して、空港や国境で難民を施設に入れて取調べを行うことはほとんどしない。疑わしい少数の難民を捕まえるために、問題のない他の人々を長い間施設に入れておく資金も場所もないと言うのが理由である。

世界中の難民がカナダを目指してやって来るのは、この大らかな法律に由来することが多く、アメリカから「Club Med for terrorists(テロリストの天国)」と皮肉られる由縁だ。

「どうしてそんなに甘いのか?」と疑問に思う人は多いのだが、「権利と自由の憲章」と共に、国策として掲げる多様文化主義にも通じる精神がそこにはあるからだと言われる。
つまり、ソウシャル・ファブリック(社会/文化的交差)というものに重点を置き、他国から移住する人々のバックグランドを大切にする精神である。アメリカのように誰をも一括してアメリカ人として扱い、星条旗のもとに一致団結させてしまう強さはない。だがこれが穏やかなカナダらしさを生む要因になっているのだ。

とはいえ、移民関係の専門家によれば「難民法に関しては、基本的には米加とも似たような法律で、特にテロリストなどの国外追放などは、むしろカナダのほうが厳しい面もある」と言う。また「カナダはその境界線の線引きの定義が米国と異なるだけだ」とも主張する。

いずれにしても今後は、米加間が協力してあらゆる面においてのセキュリティーが厳しくなり、特に政治亡命者には、綿密な調査が行われるようだろうことは疑う余地がない。

OCS NEWS Sep.28, 2001




女性と社会進出


女性政治家
今さら記すまでもないことだが、何とも話題性のある日本の新首相ではある。その前が余りにもひどかったための反動でもあろうが、やはりなんと言っても彼の「見た目のよさ」が、人気に拍車をかけていることは否めないだろう。

「小太りの中年のおじさん」っぽくないのが受けるのは分かるし、ふと10年前の細川護煕前首相を思い出す。
「男も外見」の時代。一国の代表としてむさくるしい男性はごめんこうむりたいが、外見のよさが中身のよさにも通じることを願いたいものだ。

それにしても大臣の1/3が女性とは歴代にない人事で、そのいさぎよさが何とも嬉しではないか! 加えて年齢もまた1/3が4、50代と言うのも画期的なことである。
一般的には、女性は政治に興味を示さないと言われているが、こうして政(まつりごと)に多くの同性が参加していれば、必然的に女も政治の動きに興味を示すことになる。テレビの国会中継の高視聴率は、首相の人気ばかりではないだろう。

ひるがえってカナダはどうかといえば、女性大臣は10人(全体の約21%)、女性政治家は連邦政府の上院で20%、下院で30%、またオンタリオ州政府では18%となっている。
最近は何が何でも「女性を!」という動きがなくなり、落ち着いたという見方がある反面、これを低迷と見る関係者も多い。

今から10年程前のカナダでは、女性の前にはだかる沢山の垣根をぶち壊すことが大きな仕事であった。時を得て、短期間の在職(6ヶ月)ではあったもののアメリカに先駆けて、カナダ初の女性首相も誕生した。

こうした運動の指導的立場にあった女性団体「イコール・ヴォイス」では、勢いに乗って一時は50%の議席獲得を目指していたのだが、最近はとみにその活動の影をひそめている。
決して女性の地位が逆戻りしたというのではない。だが各方面のドアが開いたところで、何となく力が失せたという感じになっているのは否めない。
こうした傾向は、やはり経済的なバックが大きく左右しているようだ。

女性の視点
女性の声を反映しようと頑張っていた90年代初頭は、経済にかげりを見せる前の昇り竜の時代。「女性」も「移民」も皆OKということだったが、いざ「リセッション」という言葉が人々の口に上るようになると、槍玉に上がるのがまた、この2つのグループでもある。

しかし開かれた門戸に立つ女性側から見ると、いざ男性と同等の立場に立っては見たものの、日常生活が重くのしかかる主婦や母親でもある場合、時間の分配が至難の業だ。
現連邦政権の国際協力大臣であるマリア・ミナ氏は、現職に就任する際、アルツハイマーの母親の世話との狭間に立って悩み抜いた経験がある。洋の東西を問わず耳にする「女性受難物語」である。

しかし女性政治家として活躍する人たちが異口同音に言うのは、政治課題を討議するときに示す男性との視点の違いである。オンタリオ州のジャネット・エッカー教育大臣は「どちらがいい、どちらが悪い」と言うのではなく、「しばしば女性は男性と違った観点からものを見ることが出来るので、それが大事」という。

7月初旬のカナダ統計局が「カナダ人の社会的傾向」という調査結果を発表したが、それによると男女を問わず、自分の人生に満足している人は、好きな仕事で収入を得て、家庭とのバンランスを保っている人というものであった。

男女の格差をあらゆる面で無くそうという努力は、何も女性が大声を張り上げてその立場を主張するのではなく、そうすることが男女双方に利益をもたらす、との基本的な考え方に立って始めて出来ることだ。

最後にもう一つ面白い統計を示そう。これは米加の社会的価値観の相違に関する調査で、「家庭内で父親はマスター(主軸)であるべきか?」に対する答である。1992年の結果は、両国とも賛成が42%であるが、2000年にはカナダが23%に対しアメリカは48%。

もちろん単純に数字だけを比較して国民性云々は言えないが、議論を呼ぶ数字ではある。

OCS News: Aug. 3, 2001




NakedNews.com


何も隠さないのが目的
「Program with nothing to hide!」というせりふで始まるニュース・ステーション。もうすでにコンピューターの「お気に入り」に、標記のアドレスが入っている人もいるだろうか。
これは今や、世界的に有名になりつつあるカナダはトロントの、eGalaxy Inc.というインターネット会社が持つニュース番組のサイトである。
「何も隠しません!」と言うだけあって、数人の女性キャスターが読むニュースは、政治、経済、社会、国際、天気予報、スポーツなど広範囲に渡っている。例えば夕方から夜にかけて、どこのテレビ局でもやっているニュース番組と、内容においては何も変わらない。

だがサイトのヴューアー600万人の70%以上が男性となると、「ははーん!?」と思う人も多いだろう。
「何も隠さない」のキャッチフレーズは、ニュースの内容に絡めて、女性キャスターが一糸まとわない、文字通りnaked(裸)が売りものでもあるためだ。

青少年の目に触れないようにとの配慮から、「18歳以下は見られません」と画面の下に書かれてはあるが、番組のサンプルを見るにはアドレスを挿入するだけでいい。フルサイズにして詳細を見たい人は、一ヶ月$9.95米ドルでメンバーになる必要がある。
奇をてらうことが受ける世の中だが、「ここまでやるか?!」という思いは、多くの場合女性が感じているようだ。

数人のキャスターが入れ替わり立ち替わり登場するが、そのうち4人はサイト開設当初からのオリジナルメンバー。年齢は30代から40代までとバラエティーに飛んでいる。その一人スポーツ、芸能ニュースを伝えるホーリー・ウエストン(30)は、5月に第一子を出産予定の妊婦である。

またごく最近になって若いオリエンタルの女性が一人加わった。年齢は不詳だが、東洋の女性起用というところには会社の意図が見え見えで、きっと黒人女性が起用されるのもそう遠くないことだろうと思っていたら、案の定、この原稿を書いている間に登場と相成った。

つまり「ご覧のように私たちは人種的偏見をしていません」という建前を見せてはいるものの、真の目的は他にある。人種の違う裸体、シェープの違う女体を見せることで、もっと男性の利用者を獲得したいということなのだろう。

視聴者は北米が主だが、最近はメキシコ、アジア、中東の“常連客”がどんどん増えている。英語の分からない人たちがどうして英語のニュース番組を見るのだろう...なんて、野暮なことは言うまい。人気沸騰中のこのインターネットの会社には「英語の勉強に役立ちます」というメールが、英語圏以外の国々から沢山届くという。

インパクトが大事
キャスターをしたり広告に登場するのがヴィクトリア・シンクレア(34)というブルーネットの女性で、ボーイフレンドのアイディアを一緒にビジネスに導いた人だ。日によって誰かがビジネススーツで画面に登場し、それを一枚一枚脱いでいくが、ほかの女性達は最初から生まれたままの姿で現れることが多い。

シンクレアイいわく「大事なことは脱ぐ行為ではない。ニュースの内容をどのように伝え、見てくれる人にインパクトを与えるかが重要」といい、「裸が悪いものと言う印象をなくしたい」と主旨を強調する。
しかし森首相の、眉間にシワを寄せた苦り切った顔がスクリーンに大写しされた横で、ブラジャーをぞろ取って乳房がぱっと飛び出す場面は、やはりインパクトより滑稽さが先に立つ。

またナイジェリアで17歳の娘が婚前に子供を産んだことで、180回のムチ打ちの刑に処せられるというニュースを、真っ裸の女性が伝えれば、インパクトより女性の地位のコントラストばかりが目立つ。

それにしても男女平等が建前の北米社会。どなたか裸の男性数人が登場するサイトを作りませんか?

OCS ニュース April 6、2001




しつけ? それとも 虐待?
オンタリオ州・子供へのスパンキング承認


100年前の法律
子育てのなかで一番難しいものは一体なんだろう?もちろん人によって答えはそれぞれ異なるだろうが、「しつけ」と言う人は決して少なくないと思う。
その子供の育て方をめぐって、最近オンタリオ州裁判所が「親や教育者による子供へのスパンキングはOK」との結論を出し、大きな論議の対象になっている。

これはアルバータ州のレジャイナ大学で社会学の教鞭を取るワトキンソン準教授が、97年に「カナダ刑法43条、子供への体罰」の条項に、異議を申したてたことに対する回答である。

もちろんスパンキングと一口にいっても、その程度問題がとても重要で、裁判所も子供に危害を及ぼすようなことは決して認めていない。加えて、最近富みに言われるその弊害や、トラウマについても十分承知したうえで、「しつけに必要なある程度の体罰は、子供の基本的人権を侵さない」と言い切ったのだ。

この法令は、1892年に立法化されたもので、人権意識などというものが、人々の口にも上らない時代に創らた法律である。
反対派はこの草稿の改正を求めているのだが、当然ながらこの結果に不満を示し、「今は妻や犯罪者でも、殴れば法律に触れる時代であるにもかかわらず、一番抵抗力のない子供に手を下すことを認めるとは!」と驚きを隠さない。

また「イスラエルなどは最近類似の条例を廃止し、ヨーロッパ諸国でも同様な傾向にある」と他国の例も用いて時代錯誤的な回答に反論している。
一方賛成派の関係者たちは、「最近の教育現場では時にひどい暴力沙汰も起こり、こうした法律があることによって、生徒も先生も救われる」「体罰の奨励はしないが、どうしても必要な時にそれを行使しても犯罪にならないのは大切」といい決定に胸をなで下ろす。

世論はどうか
法律というのは個人が寄って立つ見地から幾らでも解釈のし方が生まれるが、裁判所の決定で一番心配なのは「よし、子供は殴ってもいいのだな」と表面だけを咀嚼し、法律を逆手に取ってそれが暴力に発展することだ。

「程度が問題だ」というのは常識的に考えれば誰にも分かることだが、それを計量するハカリがあるわけでなし、突き詰めれば一体何を基準にその程度を計るのか、といった水掛け論にまで発展してしまう。

しかし子育てや子供とかかわる機会のある人には経験済みだろうが、子供との関係は、時に理屈や理性が通らないことも多く、百のお説教よりお尻を一つ叩く方が効果があることもまた事実である。

新聞の世論調査では、3人に2人が「理性をわきまえた正しい判断のもとで」という裁判所の決定に賛同を示しているが、残りは「何があっても体罰は反対」を唱えている。

  賛成派の意見は「子供に対し愛情と思いやりの精神に基ずいて」「子供が完全に間違っているとき」「他の方法すべてが駄目な場合」といった条件付きで認めている人が多い。
また中には、ここ数年来「世界で一番住み良い国」という国連の調査のトップに上げられるカナダが、「子どものしつけごときで裁判所の判断を仰がなければならないのは悲しいことだ」という人や、「最近はしつけと暴力の見境いがつかなくなっている親が多い」という人もおり、何やら何処かの国の親を思い浮かべる。

  弁護士で3人の子持ちのある女性も、「子供が言うことを聞かない時お尻を叩くくらいの権利が親にあるのは当たり前」と賛辞を送っている。
しかし反対派は「先生がそれを嫌いな子供に行使する恐れがある」「暴力肯定につながり、子供に間違ったメッセージを送る危険がある」というもので、問題児は「部屋に1人で入れて反省をうながす」といった穏健派もいる。

それぞれの立場で異なった意見があるのは当然だが、決定に不満を示す人たちは上告の構えを見せており、今後もこの論議は続行する見通しだ。

OCS NEWS SEP.1 2000




「バイアグラ」発売1年目
カナダからの報告


1年の売上
「丸見をおびたひし形のブルーの錠剤と言えば、泣く子も黙る….」とまでは言わないが、今は誰でもが知っている男性強精剤バイアグラ。
アメリカと違って何でもおくてで慎重なカナダでは、先月でやっと発売以来1年目を迎えたが、今やこの薬は世界70ヶ国余りで承認されている。

当然カナダでも人気はうなぎ昇りで、発売当初の3ヶ月は国内の総ドラッグ売上中、関節炎の薬に次いで第2位の売れ行きを示し、今年1月末までの10ヶ月の販売高は41.4ミリオンcad。書かれた処方箋は53万枚余り。治療を受けた男性は37万5千人ほどで、これは薬発売以前に比べ2倍の患者が、ドクターを訪れたことになると最近メディカル関係の統計局から発表された。

当薬がこれほどの売れ行きを示した背景には、コンサバティブで知られるカナダの男性が、性的機能障害などに関する話題を、タブー視する風潮が少なくなったことや、治療によって回復することを多くの人が認識した社会的バックグランドが影響しているという。

カナダの40代以上の男性の300万人は性的不能とのことだが、ちなみにアメリカの場合は、おしなべると4秒に一個の割合で摂取されているにもかかわらず、現実には治療が必要な男性(40〜70代の男性の52%が性的不能)の、6人に1人の割合でしか当薬は摂取されていないと、ボストン大学の泌尿器科の医者、アーウィン・ゴールドスティン教授は言う。つまり本当にこの薬が必要な男性は、まだまだ他に沢山いるということのようだ。

万能ではない
発売されてまもなく、心臓疾患のあるアメリカ人男性が亡くなった事件は記憶に新しいが、カナダの場合は、今のところ死亡事故に繋がるものはない。

だがヘルスカナダ(厚生省関係機関)の発表では、45のケースが関連事故としてリポートされおり、そのうち22ケースがシリアスな病状とのこと。これは病院での治療を必要とするような場合で、人命に関わる寸前であったり、また後遺症として何らかの機能障害をもたらしたものである。

どの薬の場合もそうであるように、バイアグラもどんな男性にも必ず効果があるとは限らず、20〜30%の人には「マジックピル」にはなりえない。また副作用は、軽い頭痛、ものがブルーっぽく見える、顔にほてりを感じる、いった報告がカナダでも聞かれるが、特に糖尿病やニトログリセリン系の投薬をしている心臓疾患患者、またヘビースモーカーの摂取は非常に危険であることはすでに知られている。

トロント市内に3つのメディカル・クリニックを持つドクター・リチャード・ケイシィーは、一番年少者は14歳の子供からの要求があったとのことだが、ティーンエイジャーには処方箋は出さないという。
またウィークエンドやホリデーに出かける前に、薬が欲しいという20代前半の男性が多いそうだが、「必要ない人が飲用すると頭痛とエレクションが続いて非常に不快ですよ」とはドクターの弁である。

インターネット販売
今やこの薬はインターネットでも容易く手に入るのは周知の通りだが、大体はレクリエーショナル・ドラッグ(各種興奮剤)のカテゴリーに入っており、約4000ほどのウェブサイトが通信販売を行なっているという。

本来は処方箋を必要とする薬であるにもかかわらず、こうして手軽に買えるのは危険きわまりないが、カナダでは正規ルートでは一粒12〜15ドルもするため、4ドルUSDほどのインターネット・ショッピングを安く感じるのは無理ないことだろう。
また最近はこうしたサイトがポルノに連携するものが多く、カナダでもさらなる勧告を呼びかけている。

一方これもアメリカより1年ほど遅れて、カナダではやっとこの春から「Go Go Passion」という飲み物が発売される予定である。
いわく「女性用バイアグラ」の別名があるというが、含有物の一つ「ヨミンベ」は、カナダでは発売禁止の薬草のため今後の成り行きが見守られる。

OCS NEWS Apr.7,2000




アメリカとカナダ いつか一つの国に?
両国間意識調査に見る違い


アメリカで活躍のカナダ人
マイケル・J・フォックス、ジム・ケリー、セリーヌ・ディオン、シャナイ・トウェイン、マーガレット・アットウッド。
日本人の読者にもお馴染の名前と思うが、彼らには有名人、著名人という以外に、もう一つ共通するものがあるのだがお分かりだろうか? そう、全員カナダ人なのである。
  と言っても、実力主義でメルティング・ポットのアメリカでは「それがどうした?」と言われそうだし、有名になった本人たちもあえて「カナダ人云々」は口にしない。
どの分野で活躍しようともカナダ人は、力をつけてくれば必ず「広大な市場を求めて」アメリカに行き、更なる躍進に夢を託しはするが、ことさら国籍を話題にはしない。

  だがメディアは、彼らが国境の南で有名になればなるほど、「彼(彼女)はカナダ人よ!」と強調し、また賞にノミネートされたり、受賞すれば「カナダ人である○○が〜」といった表現で話題にする。つまりアメリカ人とは一線を引きたいという思いがそこにはあるのだ。

  また一般のカナダ人たちも、隣国の"ビッグブラザー"にある種の憧れを抱きながらも、一方では「カナダ的」であることにも固執する意識が強い。
これは当然と言えば至極当然なのだが、この10年余りにわたる、特に文化、社会、経済面でのアメリカ化はあらがいがたく、その意識とは裏腹に、カナダ的特徴が徐々に薄れつつあり、カナダ人はジレンマに落ち入っているのだ。

51番目目の州
カナダの「タイム誌」といわれる「マックリーン誌」が、毎年行なう両国間の相互意識調査が最近発表されたが、そこでもこのカナダ人の思いがくっきりと出ている。
驚くのはこの米国化の傾向が今後も続けば、向こう25年ほどの間に、カナダがアメリカの51番目の州になるのではないか、と懸念する人が3人に1人はいることだ。

これは過去数年来の、アメリカの経済的強さが大きく影響しているのだが、去年1年だけを見ても、130余りのカナダの会社がアメリカ資本に買収されており、その金額が250ミリオンcad以上にもなっている事実を見れば、カナダ人の心配もうなずける。

また10年前に施行されたフリートレイド(自由貿易)に引き続き、将来はEUのように、両国間の貨幣を統一する可能性も考えられるが、それがカナダに利益をもたらすと予想する人は44%で、経済的競争力を失うと考える人が42%。カナダ人の半々の気持ちが現れている。

おしなべてのカナダ人のアメリカ観は、「横柄でスノブな上に侵略的」というイメージを持っているにもかかわらず、カナダ人の4人に1人が、可能ならアメリカの市民権を取りたいを思っているというのも面白い。「ラブ&ヘイト」の間柄というところか。

逆にアメリカ人のカナダ人観はと言えば「フレンドリーで礼儀正しくピースフルであるが、余り目立たない」というもので、全体的な印象としては、カナダ人がアメリカ人を否定的に、アメリカ人はカナダ人を肯定的に見ている点が大きな違いである。

社会問題
また両国が抱える社会問題は、アメリカ人がモラルの低下を憂い、宗教的思考の欠陥、アボーション、ゲイ・レズビアン、婚外交渉を心配いるのに対し、カナダでは、これ等は余り問題ではないとしている。

しかし実際ここで生活していれば、「本当かな?」と思うものの、それでもカナダ人は保守的な反面オープンマインドで知られており「ゲイの先生を受け入れるか?」の質問に、68%がYESに対しアメリカ人は56%と答えているのにはうなずける気がする。

また移民には「受け入れが寛大すぎる」がカナダ人49%、アメリカ人58%。「マリファナを法律上正当化すべきだ」はカナダ人49%に対し、29%がアメリカ人である。
一見アメリカは開放的で何でも受け入れるように見えるが、この調査を見る限りでは両国は全く反対で、2つの国のいわく言いがたい差異を表しているように思えて興味深い。

OCS NEWS Mar.10,2000




「表現の自由」か「猥褻」か
子供ポルノをめぐりカナダ最高裁で大論争


BC州の事件
子を持つ親の立場から見れば「子供ポルノ」などという言葉は、聞きたくもないし、また論じたくもないと思う。だがカナダという民主国家の、「表現の自由」を標榜する立場からすると、一口に子供ポルノと言っても、一体その何処に「猥褻(わいせつ)」か否かの線を引くかが大きな問題になる。

  新年早々カナダの首都オタワでは、最高裁判所でこの"線引きの問題"が大きな論争の対象になった。
ふと1950年から始まった日本での「チャタレー夫人の恋人」(伊藤整訳)の裁判もかくあったのかと思う。カナダの場合は対象が子供という最も弱い立場のものであるためか、関係者だけではなく、一般市民を巻き込んだ世論は今沸きに沸いている。

ことの成り行きは、ヴァンクーヴァー(BC州)に住むジョン・シャープという65歳の男性が、95年に税関で子供のヌード写真と幼児愛を扱った自分の小説(読むに耐えないまずい文章とのこと)を没収され、その後もアパートで関連のコンピューター・ディスク、書籍類などを押収されたのがきっかけだ。

彼は離婚しているが、成人の子供2人がいて、カミングアウトしたゲイの男性である。間違わないでほしいのは、ゲイ=幼児愛者と言うことは決してないことは断っておきたい。
このシャープ氏が数年前の逮捕以来、子供ポルノの所持を禁止する現行の刑法は、憲法上の「表現の自由」の観点から違憲と考え、独力で法廷に立ち自らを弁護した。

そし去年の春にBC州高裁は、犯罪学的に子供ポルノの所持が児童への性的虐待事件の増加につながらないとして、彼の言い分を容認したのである。もちろん大方の人はこの結論に驚愕したが、これがカナダ最高裁まで持ち込まれ、現在更に論争の対象になっているのである。

法律の見直し
現在のカナダの子供ポルノに関する法律(C−128)は、93年に施行されたもので、それは18歳以下の子供のヌード写真、ビデオ、絵画、読み物などの製作や所持または販売を禁止している。

もちろん一番の恐れはそうした品々がペドファイル(幼児愛者)の手に渡り、直接、間接に子供が犠牲になることである。
たった7年前の法律施行というのでさえ遅く感じられ、それまで野放しであったことが信じられないが、以前には年に1、2件の検挙しかなかったのが、最近はこの法律が出来たために、例えばオンタリオ州だけでも、毎年130件以上の犯罪が摘発されるようになっている。

成人による幼児愛は、医学的見地からも逸脱行為と見なされているし、警察の取締担当官は「実際にどのようなものが売買されているかを知れば、犯罪と見なすのは当然」という。

しかしちょっと角度を変えて見ると、それでは「表現の自由」という立場からの物の見方は、一体何処まで守られるのかという問題が浮上してくるのである。
例えば実存の子供は登場しないがフィクションで描かれた裸のスケッチや絵画は? 販売が目的ではないが、2人のテイーンが性描写を含むビデオを撮った場合は? 裸のキューピットなどの描かれた昔の名画は? 極端な場合は、親が撮った赤ちゃんの裸の写真は?といった具合に何処までもその論争は続くのである。

関係者にいわせると、この法律の内容が非常に大ざっぱにまとめられているため、どうにでも解釈が可能になる点が大きな問題という。施行の際にもっと詳細を討議すべきだったと指摘し、再検討を望む声が非常に大きい。

インターネット情報
最近のインターネットの普及で、幼児ポルノ関係の情報が驚くほどの勢いで流れているのは周知の通り。普通のポルノも含め、これの取り締まりにはどの国も頭を悩ませているようだが、オンタリオ州の場合は去年5月に初めてその摘発があった。

日々変化する果てしもない情報化の時代が進むにつれ、今後どのような世界になって行くのか見当がつかない。
最高裁の判決が下されるまでにはまだ大分時間がかかるといわれているが、どんな結果になるのか、シャープ氏共々カナダ人は結論を心待ちにしている。

OCS NEWS Feb.11,2000




トランス・カナダ・トレィル・リレー・2000
9月9日・世界で一番長い「自然道」完成


9月9日のイベント
ミレニアム!さあいよいよ新世紀が幕開けした。

今年はこの記念すべき年にふさわしい各種のイベントが世界中で繰り広げられることだろう。

これからの千年が終わる頃、一体この地球はどのようになっているのだろうか?残念ながら今を生きる我々は、誰一人もそれを見届けることは出来ない。
しかし新世紀のためのイベントの中には、もしかしたら今後何年にも、また何世紀にもわたって語り継がれるものもあるかもしれない。

カナダでもそんな思いを込めて、国を上げて力を入れている催し物の一つに「トランス・カナダ・トレィル・リレー・2000」と呼ばれる行事が予定されている。
それはカナダと言えば「大自然の国」という印象を誰もが持つように、まさにそのイメージにふさわしいもので、国を貫く「自然道」を開通させようというものだ。

2月初旬にカナダ国内の3ヵ所、西海岸のビクトリア(BC州)、東海岸のセント・ジョンズ(ニューファンドランド州)、そして北方のツクトヤクツク(ノースウエスト準州)から、人々がリレーしながら首都オタワを目指してそれぞれに出発し、冬春夏秋の4季節を体験しながら「トランス・カナダ・トレィル」を完成させる予定である。

その際、出発地点である太平洋、大西洋、北極海の海水を、リレーする人々が次々と受け渡していく。
そして9月9日に最終集合場所であるオタワ隣接のハル市に作られた、トランス・カナダ・トレィル基金の新設の公園で、集められた三種類の海水を使ってシンボリックな水のセレモニーを繰り広げ、全体のフィナーレを飾る計画だ。

踏破する自然道は出来うる限りすでに実存するトレィルが使われるが、その他は不通になった鉄道線路や連邦、州のパーク、また話し合いによって許可された私有地などが利用される。

ナショナル・ユニティー
オリンピックの聖火を連想させもするが、火ならぬ水が、国内で選抜された5000余人の手に渡りながら、全体で16100キロメートル(約1万マイル)の道のりを越える。これは文字通り世界で最長のレクリエーション・トレィルである。

  カナダはロシアに次いで世界で第2に広い国。この広大な土地を車が通るハイウェーではなく、山、森、林、川、河、湖、原、街などを貫いて、人々が一点から一点を結びながら長い道のりをリレーするには、当然ながら国を初めとして各種の文化団体、民間企業、地域のコミュニティー、学校、そして草の根の一般人の協力がなければ成しえない。

カナダは「ナショナル・ユニティー」というものをことのほか意識している国。ミレニアムというカレンダーの節目に際し、こうした国民的行事を執り行うことで人々の気持ちが高揚し、それが国としてのまとまりにつながっていくことを多いに期待している。

もちろんリレーの手段に車はご法度。もっぱら徒歩、マラソン、ローラーブレード、サイクリング、乗馬、クロスカントリー・スキー、それにもう一つ、天候や周りの自然環境によってはスノーモビルの使用は許されている。
加えて身障者の参加ももちろん大歓迎で車椅子はOKだ。

基金援助
このプロジェクトはすでに94年から開始されているが、歴史作りの一端をになう海水のオフィシャル・キャリアー(最年少6歳)の応募は12月初旬で締め切られた。
基金本部では必要経費を23ミリオンCADと見ているが、すでに160万人ほどの個人や団体による寄付が集められているという。

またユニークなのは、誰でもが一口40ドルで、指定されたトレィルの道のり1メートルを買うことが出来ることだ。もし自分にとって思い出深い場所や何か意味のあるトレィルなどがあれば、その場所を指定出来ることも面白い。それによってドナーたちの名が基金本部に登録され、地域ごとに建てられるパネルに名前が刻まれる。
間近に迫るイベントの開始準備に今関係者たちはおおわらわな日々である。

OCS NEWS Jan.14,2000




連邦政府女性職員の勝ち取った「ペイ・イクイティって何?」


「同一労働同一賃金」と「同一価値労働同一賃金」の違い
長い戦いではありましたが、10月末(1999年)にカナダの連邦政府女性職員たちは、男女の賃金格差是正の闘いに勝利を得ました。
これは「ペイ・イクイティ法」が活用された結果で、日本語では「賃金衡平法」と称されるものです。

しかし当地の日本人の中には、この聞きなれない言葉に戸惑いを覚え、ニュースの焦点が今一つ分らないという人が多く、或いは「ペイ・イクイティ」とは「同一労働同一賃金」のことと勘違いしている人も多いようです。

つまり「男女が同等の仕事をしている場合には、両性とも同額の賃金が支払われるべきだ」と誤解しており、連邦政府の女性職員にはこれがなされなかったため15年にさかのぼってその差額の補償がされたのだ、と理解している人もいるようです。しかしこれは間違いです。

カナダという国は仕事に関する性差の問題は、日本などとは比べることも出来ないほど先端を行っています。今回の勝利の基本になったものは、1978年にカナダ人権委員会が決めた法律(ペイ・イクイティ法)に基ずくもので、「同一価値労働同一賃金」という理念です。

これは「女性と男性の仕事の種類は違っていても、その労働価値において同等であるならば、ポイント・システム(後述)を使って、比較対象になった男性の仕事と同一の賃金が支払われるべき」という考えなのです。

例えば一つの例を挙げると、秘書とグランド整備員との職務を比べた場合、普通女性の仕事とされる秘書の職務は、男性の就く整備員としての仕事よりも肉体的には負担が少なく、労働環境もよいと考えられます。 しかし、もし秘書の仕事も非常に責任が重く、精神的負担や技能が必要であるならば、この仕事の全体的価値はグランド整備員と同じであり、それゆえに賃金も同じでなければならないという考えです。

何故このような法律が必要かといえば、歴史的に見て男性と女性は異なった仕事に就く傾向にあり、女性が伝統的に従事してきた仕事は、一般的にいって実際の価値よりも低く評価されてきたからなのです。
女性が「女性の仕事」をする場合には、例えそれが男性の仕事よりも重い責任を課せられ、高度の教育や熟練度が必要であったとしても、多くの職場で実際の仕事の評価は、「女性の仕事」のために低賃金に押さえられています。
例えばオンタリオ州の1987年の男女の賃金格差を見ると、男性$32120ドルに対し女性は$20710ドル(双方ともフルタイム)で、36%もの開きがあったのです。

どのように評価するか
もちろん一番難しいのは、異なった職種の価値評価をどのようにするかということですが、これは通常「技能(ある職種を遂行するために求められる教育、経験、特別の能力)」「負担(肉体的及び精神的負担)」「責任(決済、人、物、お金に対する責任)」「労働環境(粉塵、騒音、ストレス、健康に有害な環境)」という4つのカテゴリーに分けて判断されてます。

職務価値を比較する方法は、この4要素に応じて職種をランク付ける単純なものから、4要素の細目に点数をつけてそれを合計し、職種の評価にする非常に複雑なものまでいろいろとあります。
カナダではオンタリオ州以外はこの法律は公務員のみが対象になっていますが、私たちが住むこの州では、民間企業でも実施されているところは多く、従業員10人ほどの零細企業から大企業まで幅が広いのです。

また是正の際には男性の賃金を引き下げることは禁止されているため、男性と女性の間でパイの取り合いはないことになっています。
もちろんこうなるには労働組合の力強いバックアップが必要なことは言うまでもありませんが、しかし最近では周知の通りどの政府も財政建て直しのため、また民間企業は不景気が理由で、こうした考え方がだんだんと置き去りになっている傾向が強かったのです。

起爆剤
現在同じようにこのペイ・イクイティを問題にしている企業に、従業員2万2千人が絡む電話会社、ベル・カナダがあります。ここは6年越しの闘いを続けていますが、10月末には会社側の提出額である59ミリオンに、2つの組合は「NO」の回答を出し、カナダ人権裁定委員会に差し戻されました。このほかにもエアカナダ、カナダポストなども闘争中です。
 
今回のように公務員がからむ闘いには、その支払いが税金から歳出されるため、一般国民は自分に直接見返りのないことに腹を立て、大抵の人は「自分はこんなに一生懸命働いているのに国は大したことをしてくれない。彼らは何と特をしているか!」と思うものです。

そして「そのツケは誰が払うのか?我々の税金だ!」となって怒り狂います。
野党のマニング・リフォーム党党首は、こうした国民感情をあおり「結局この尻拭いは国民がする」といい、特にクレチェン首相が最近の施政方針演説で減税を約束した直後のため、「影響する可能性がある」と詰め寄りました。

しかし政府は、この是正額は緊急時用準備金から出るため「影響なし」と弁明しましたが、もちろんどこから出ようと我々の税金であることに変わりはありません。
でも皮肉なことに総額36億ドルといわれる歳出ではありますが、各個人には臨時収入になるため、所得税がグンと上がり、計算するとその40%ほどはまた政府の手許に戻ることになるのです。

考えてみれば彼女たちは、長い間男性と比べ安い給料で我慢させられてきたのですが、それによって一体誰が得をしたかと言えば政府なのです。
そしてこれが民間企業の場合には、女性を雇って安い給料で働かせ、本来ならもっと支払うべきその差額の上手い汁を吸っているのは雇用者になるわけです。

彼らは事業の拡張はするは、素敵な家は買うは、家族を連れて旅行はするはと楽しんでいても、従業員はどうかと言えばほんのわずかな昇給で、文句も言わずに働いている例は数え切れないほどあります。特にエスニックを多く雇う事業主にはこうした人が多いといわれますが、従業員が文句を言わないのは、そうした法律があることを知らないことや、言葉の問題があるからでしょう。

日系企業の中にもそうした話は時に耳にすることがあります。またシングルマザーなどで働いている女性などにとっては、満足できる給料ではないにしても、仕事を止めてしまえば家族を抱えてすぐにも路頭に迷うことになります。
もちろん連邦政府、ベル・カナダのように組合があれば別ですが、そうした後ろ盾などない小さな会社の従業員は「同一労働同一賃金」さえ保証されないことも多く、闘う術もなく泣き寝入りになります。 今回の連邦政府の結論はそうした意味でも、民間の企業で働く人たちの男女の賃金格差是正に対しての起爆剤になることは確かでしょう。

ペイ・イクイティ法再考
しかし一方では、このペイ・イクイティ法について政府の中でも「再考の余地あり」と思う人が多く、全く白紙に戻すことはないとしても「同一価値労働同一賃金」を見直す動きがあるようです。
マニング党首はもちろんのこと、ロビラード財政管理庁長官もこの法律の定義をもう一度明確にすべきだと述べています。
財政委員会のプレジデント、マルセル・マスは、年初頭にはこの連邦の闘いを指して「オレンジ」と「リンゴ」を比べているようなものだと述べました。違う職務を比較する評価の基準が、とても難しいからであることは確かですが、しかしカナダという国が、男女の性差についてこうして真摯に考えている国であることは、今回読者が連邦に働く女性職員ではないとしても、この国に住む者としてとても誇りに思うべきと考えます。

ちょっと飛躍かも知れませんが、もしそうした政府の根底の姿勢がなければ、日系人の戦争中の補償に関しても前向きには取り組まなかったでしょう。あの時もカナダの若い人たちは「自分たちがやったことではないのに、何故昔の失策の尻拭いを今我々がしなければならないのか?高い税金を使って!」という声が聞こえたのです。

でも結果的には「平等」とか「公正」とかが大きな比重を占めました。  もちろん政治はゲームです。大きなお金が動く裏には、きれいごとばかりではなく必ず何かの駆け引きがあるはずで、今回も3期目の自由党政権投続を狙うクレチェンの下心があることは否めないでしょう。何しろ対象は23万人ということですから、これが選挙になった時には大きな票獲得につながるはずです。
しかし前記のようにペイ・イクイテイ法の見直しが近々行なわれるとしても、是非とも女性が働きやすい職場環境であることに力を入れてくれるよう心から願いたいものです。

日加タイムス Nov.19,1999




マリファナのお話


マリファナは違法
アメリカがマリファナの取り締まりに厳しいことは良く知られているが、カナダでもその所持、喫煙、育成は法律で禁止されている。
ただし連邦政府の厚生大臣から認可された、薬用目的で使用する病人はその例外で、つい最近もエイズ、ガンなどの末期患者14人に大臣から新たなお墨付きが下りた。

しかし「建前」では法律で禁止されていても、「本音」の世界の話しはまた別で、多くの人が隠れて喫煙しているのが現実である。
統計ではカナダ人の少なくとも10%ほどは喫煙経験があるといわれ、また初体験は中学に入った7年生(13歳)辺りが一番多く、喫煙者のピークは11年生(16歳)で42%ほどといわれている。

これほどまん延していれば"たかがマリファナ"という気分になりがちだが、もし捕まれば、初犯でも最高1千ドルの罰金か6ヶ月の懲役刑に処せられ、この「前科」のレッテルは一生ついて回る。

すでに60万人もが逮捕されているといわれるが、将来の職業選択や外国への出入国のさいに、多いに影響されることがあるのは否めない。

カンナビス・カルチャー
マリファナは周知の通り英語では「マリワナ」と発音されるが、ほかにも「ポット」「グラス」「ジョイント」などとも呼ばれ、また種類や育成地によって「スピリフ」「ガンジャ」など多くのニックネームがあり質も種類もピンキリだ。

カンナビスとはマリファナばかりではなく、大麻の芯などドラッグに使われる植物全体を指しての呼称だが、こうしたソフトドラッグ全体を含め、またそれを愛用する文化を指して「カンナビス・カルチャー」と呼ばれている。

カナダではこのカルチャーが一番広まっているのは、バンクーバーを中心とした西海岸だが、気候が温暖なことや港町の開放的な土地柄に加え、アメリカとの国境がオープンボーダーで、取締りが緩やかなことなどが理由という。

そのためにアメリカに持ち込まれる、マリファナを始めとするドラッグの量は大変なもので、表面には出ないがBC州経済の一翼を担う、いわゆるアンダーグランド流通からの収入は想像をはるかに超える額とか。

またバンクーバーは日本とも地理的に近いことから、大勢の観光客やワーキングホリデーなどの若者も多く、カルフォルニアに次ぐ人気スポットである。
「日本がマリファナの取り締まりに特に厳しいためかここに来る日本人はいろいろと体験しているようですね」というのは、バンクーバーで発行されている「カンナビス・カルチャー」という雑誌の編集長ダナ・ラーセン氏の弁。

国境を越えた事件
もちろんアメリカからは人の往来も激しく、国境を越えた事件も多いいが、最近当市で話題になっているのはNY出身のアーティスト、レニ・ボジェ(30)のマリファナに関する事件である。
彼女は97年に、カルフォルニア州から薬用目的の許可を得て、ポットの育成をしているガン患者の友人Mの、ベル・エアのアパートで逮捕された。マリファナ育成の嫌疑をかけられのだが、彼女の言い分はMに本のイラストを頼まれていたための滞在だったという。

しかしカ州の法律を無視しての連邦政府の強引な逮捕は、彼女の弁護士も身の安全を保障しかねるといい、最初の告訴が却下された時点でカナダに移住することを進めた。 ところが彼女はBC州でもまた、薬用目的の栽培所でカナダの国家警察に逮捕された。ニュースにその名が登場したため、アメリカの地方検事(DA)が最近彼女の本国償還を請求してきたのである。

だがこれはカナダでの逮捕が理由ではなく、カルフォルニア州から法律的に許可されているMの、マリファナ栽培公判証言のためというのだが、もし帰国すればあるいは監獄行きの可能性も潜んでいる。
カナダは連邦政府のみが薬用目的の許可を下ろすシステムだが、彼女の身柄は今後裁判所の上告如何と、法務大臣のレビューにかかっている。
アメリカ連邦、カルフォルニア州、カナダ連邦の3つの法律の狭間に置かれ、今後どのようになるのか彼女自身も、またサポーターの人々も不安な日々を送っているという。





カナダの銃規制


一面に載せる価値なし
残念ながら、と言うべきかどうか分らないのだが、8月5日にアラバマ州の男性が職場の同僚など3人を射殺した事件は、トロントのメジャーの新聞4種ともが一面の記事として取り上げなかった。

もちろんその1週間ほど前の、アトランタの株取引仲介会社での9人死亡の発砲事件は、トップニュースとして報じられ、株価に影響があってか、事件のニュースが流れてから、トロントの証券会社で社員一同が一分間の黙祷を捧げた。余りにも多いアメリカでの銃に絡む殺傷事件。アラバマのは「もう一面になんかに載せるほど珍しくないよ」という新聞社の思いが感じられた。

確かにアメリカの銃による年間死亡者(殺人、自殺、事故)が、3万数千人ともなれば「2、3人くらい殺されても大したことではない」というムードにはなるだろう。なんとも悲惨なことだが…。
ひるがえってカナダはどうかといえば、ここも銃絡みの事件が年々増えており、そのたびに「アメリカのようにはなるまいぞ!」という教訓が聞かれるが、間違いなく同じ轍を踏んでいる。

とはいえ、一般的にいって「まだ国境の南ほどではない」とは言えるだろう。
何故か?銃に関する取り締まり規制の違いが、その一つの理由として上げられている。

カナダの規制
去年の12月初旬に施行された、カナダの銃規制法案(C−68)の主な内容は:
@ 運転免許と同じに、すべての銃保有者は登録すること
A登録には2種類あり、現在保有している銃以外に将来買い足す計画のない人は「保持ライセンス」を、また現在銃を保持しており将来もっと購入する計画の人は「保持及び取得ライセンス」を取り、政府規定のコースを受講すること。両者とも更新は5年ごと
B銃購入時は配偶者、内縁関係の同居者に通知される
C銃身105mm以下のもの、.25と.32口径の銃の売買は禁止

こうした規制は日常生活に銃などを必要としない者には、当然のものと思えるのだが、広大な農家や山岳地帯など日々の生活に身の危険を感じる人たちや、狩猟の魅力に取りつかれた人々には誠に面倒で意味のない法律に写るようだ。彼らは「C−68ほど馬鹿げたものはない!」とかまびすしい。

それでも政府は2001年を目途に法律を軌道に乗せる計画で、300万人(うち1/3がライセンス保持者)といわれる銃保有者が、それまでに完全に登録終了することを義務付けている。しかし反対派のロビストたちの勢力が強いことも確だ。

反対派
政府側は法律施行に有する費用は$120ミリオンcadと見ており、その後の運営は登録料でまかなうと言うが、予算通りには行かないと見る反対者たちはこれを税金の無駄使いと叫ぶ。

また「法律が出来たって登録なんかするものか!」と豪語する人も多く、特に何事にも政府による統制を嫌う平原地帯の人々は「ヒットラーも最初に市民から銃を取り上げた」とその独裁制を強調する。

しかし一般市民たちは、こうした規制によって「アメリカのようにはならないで欲しい」との希望を託し、事実それが一面の効果をなしてはいるのだが、規律を厳しくすれば闇取引が横行する。例えば手に埋まりそうに小さな銃(105mm以下)の
保有は、法律違反にもかかわらず、実際には市場には大量に出まわっているという。

一方オンタリオ州では、規制法案を逆行するかのように、銃使用の年齢制限を最近15歳から12歳に下げた。この未成年用ライセンスは12〜17歳が対象で、親か保護者と一緒なら狩猟がOKということだけで、購買が自由というわけではない。

しかしこれもまた「若い頃から正しい教育が必要。これで一家揃ってハンティングに行かれる」という賛成派と、「12歳はまだ子供。運転免許だって16歳まで待つのに」という反対派に別れてケンケンガクガク。
法律による規制が各方面にどれほどの効果を及ぼすか、今後の動きがますます注目される。

OCS NEWS Aug.27,1999




買春で逮捕された男性が入る
ジョン・スクール見学記


一回目の逮捕
「何でこの俺が?付いてねーよなー」「まったく運が悪いってありゃしない!」などと言いたげな仏顔面の男たち。
過日特別許可を得て筆者が同席した、土曜の朝開かれるトロント郊外のジョン・スクールに集まった面々である。

「ジョン」とは売春婦の客になった男の代名詞。つまりこの学校は「買春」をして捕まった男性が1日だけ入るデー・スクールなのである。
年齢もさまざまなら風体もいろいろ。どこででも見かける口ひげのおじさん、革ジャンの似合うかっこいいお兄ちゃん、はたまた杖を頼りの初老の男性までと実にバラエティーに飛んでいる

サンフランシスコにある同じようなプログラムをモデルに、カナダで初めて設立されたのが3年前。今や国内の大都市には、くまなく存在するほどの繁盛振りであるが、老舗のトロントでは最若年18歳から最高齢78歳までを教育し、この春で卒業生は1900名を数えた。

講習は「買春」で前歴のない、つまり一回目に捕まった男性のみが対象だが、統計ではこの3年で凝りもせず再逮捕されたのは6人のみとのこと。「良い結果で満足してますよ」とは担当の警察官の弁である。
一回目の逮捕なら、この講習会に出ることで犯罪歴に残らない。

授業内容
9時から5時までたっぷり一日の勉強は、まずカナダの売買春に関する法律から始められる。
続いてコミュニティー・ナースが、ビビッドで色鮮やかなスライドや写真を見せながら、エイズや各種性病の恐ろしさをしっかりと教え込む。ゲームなども交えた遊び感覚も忘れないのは、小学校の生徒と同じようでおかしくなるが、授業を飽きさせないためのテクニック。。

午後には、更正した元娼婦の涙ながらに語る身につまされる経験談、そして元ジョンの真に迫る逸話などがあり、夕方までの時間を持て余すことなくこなして行く。
最後のまとめと反省会あたりになると、さすがに朝方のふてぶてしい不機嫌さも自粛の思いに変わり、任意の寄付をしてクラスはお開きになる。
これによって出席した男性が再度「買春」をしないという確約はないものの、一日の講習としては良くまとめられた内容である。

カナダの法律
さて「買春」で捕まった男たちと聞けば、カナダは法律で売買春が禁止されていると思われるだろうが、とんでもない! この国では世界最古の女性の職業は法律でしっかりと守られ、立派な女性の仕事として認められているのである。

ではなぜジョンスクールなどがあるのか? それは「公共の場で性に関する売買をしつこくしてはならない」という法律に触れたからで、大体は囮(おとり)の婦人警官に現行犯として逮捕された場合が多い。

しかしこの法律は深く考えれば考えるほどあいまいで、専門家でもはっきり分からないといわれている。
つまり"しつこい"という定義はどの程度をさすのか、"公共の場"がいけないのなら、客の車の中での交渉はどうなるのか、男娼とその客の場合にもあてはまるのか、などなど。今一つはっきりしない点が多い法律なのだが、これが現在カナダで決められている「娼婦取締りに関するCommunicating Law」なのである。

毎年カナダの売春がらみの事件は7、8千件と報告されている。そのうちの90%強が娼婦の逮捕、残りは売春婦の斡旋や売春宿に関する事件である。
一体売春は売る人がいるから買うのか、買う人がいるから売るのか定かでないが、いずれにしても逮捕される事件の大方は女性で、こうした法律が娼婦に厳しいのはどこの国も同じである。

しかしこのジョン・スクールの出現で、買う男性にも法律が適用されるようになったのは結構なことだが、願わくばこんな学校が必要なくなる日が一日も早く訪れて欲しいものだ。

OCS NEWS Jun.4,1999




海外に住む日本人15ヶ国の調査


HIC(ハーモニー・インターナショナル・クラブ)
アメリカに本拠を置く「ニッポン・ファンデーション」という団体が、日本人が住む15の外国を対象にして国際的な調査を行っている。
その内容は外国に住む動機、そこで直面する問題、子供との関係、子供と日本の親との関係、また日本の老親への対応など多項目にわたる。

カナダではクィーンズ大学(キングストン市)社会学部のオードリー小林教授が、各種の日本人グループに接してディスカッション形式の調査をしている。
先日そのグループの一つ、会員40数名を持つハーモニー・インターナショナル・クラブ(HIC)での調査会合に出席して取材した。

このクラブは1982年に創立し、当初は国際結婚の女性たちの集まりとして出発したが、インターマリッジなどごく当たり前のカナダにおいて、それは狭量との見解から、今は単に日本語を話す女性たちの集まりになっている。

だがやはり会員のほとんどの配偶者は日本人ではなく、国籍もカナダ人、アメリカ人を始め、ポーランド人、イラン人、台湾人、アフリカ人、ドイツ人などさまざまで、しかもその国からの一世である場合が多い。また会員の女性たちは会社を経営するビジネスウーマン、歯医者、アーティスト、法律事務所のロー・クラーク、オペラ・シンガーなど仕事を持つ人がほとんどだが子育て真っ最中の人もいる。

外国移住の動機
全般的に見てカナダに移住する日本女性は他国から来る女性と比べ、際立って学歴が高いことが上げられる。年令は20代後半が主で、平均年令は29歳という。
HICのメンバーの場合、カナダ移住の動機は大体三つのカテゴリーに別れ @結婚相手がカナダ人だった Aお互いの母国でない国に住みたかった B自由な生き方を求めて、というのが大半を占めた。

詳細を見る夫とは日本、カナダあるいはその他の国でめぐり合っているし、政治的理由、双方の家族に干渉されない第3の国での生活、子供の教育のため、などが上げられており、また日本ではプロフェッショナルな仕事についている高学歴の女性は、伴侶にめぐり合えない傾向にあるとか、女性が一歩控えなければならない日本社会の生きにくさ、結婚に対する親からのプレッシャーなどが主な理由が上げられた。

カナダに来て驚いたこと
カナダに来て驚いたことという質問には、長所として日本のように家庭を母親だけにまかせておらず、父親の参加が多いこと。パーティーなどの席では妻が夫と対等の立場で発言することを求められ、女性としての地位の尊重があること。特にトロントは人種が入り混じっているために、日本人であることに違和感がないことなどが上げられた。

しかし多民族社会とはいえ人種差別や偏見はやはり存在し、例えばチンク(中国人の蔑称)と呼ばれたり、子供が校長先生に嫌がらせをされたり、仕事場で意地悪されたりの経験を出席者の半分以上が持っていた。

人は誰でもいろいろな偏見を持っているものだが、それを見せるか否かは、ひとえにその人間が持つ教養の深さによるものが多いとの意見が聞かれた。また多民族の国では、その場にその国籍の人が居なくても、家族や親戚にいる場合もあり、細かいことに神経を使う礼儀をわきまえていなければならないとも指摘された。

日本の老親の問題
日本から離れての生活で一番心配なのは、親の問題で、特に一人っ子の場合は大変である。また日本に兄弟がいると親が病気でもその都度知らせてはこないため、何も手伝えない歯がゆさを感じたり、親が亡くなってもその距離ゆえに、いつまでも死が実感とし受け入れられないという人もいた。

また看病のために何度か帰国しても、臨終に会えなかった経験を持つ人もいる。外国に住む者の宿命だろうか?
だが電話、FAX、Eメールなどの発達で、今の移住者は日本の家族とは密に連絡をとっており、日本に行く機会も多い。それは子供に母方のルーツを見せることができるし、祖父母を身近に感じさせる良い機会でもある。加えて日本語の勉強にもなるため、それだけ世界が広がる楽しみがある。

結局元気なうちに出来るだけ帰国して親孝行をするように心がける事が、悔いを残さないためにも大切であるとの結論に達した。
なおこの調査は6月にLAで発表され、英、日、スペイン、ポルトガル語に翻訳されるという。

OCS NEWS MAY 7 1999




「金山」へ行こう!


オデッセー(長い放浪の旅)
27歳のその女性は中国の福建省からやって来た。
雲突く山を越え、深い谷を渡り、早瀬の河を泳ぎ、道なきジャングルを抜けて、国から国へと密入国したのである。徒歩で、汽車で、バスで、オートバイで、そして時には水漏れのするボートで…。

何度へたばりそうになったことか!その都度道案内のスネイクヘッド(SNAKEHEAD)と呼ばれる男たちに脚を蹴られ、ペースが遅れる度に「置いていくぞ!」と脅かされた。恐怖と空腹と疲労を道ずれの8ヶ月もの旅は、それでも2月初旬には終わりをつげるはずであった。

目指すは夢の国「金山(アメリカ)」!。書いて字のごとし、金(ゴールド)が山(マウンテン)のようにあり、たやすく金持ちになれる国!
最後の難関であるナイアガラの滝にある国境を、カナダ側から越えたのは2月初旬の早朝4時。凍てつく気温は華氏0度。まるで丸太でも並べるように、トラックの荷台の下に取りつけた板に4人の女性が横になり、最終地点のアメリカに最後の密入国を試みたのである。

福建省からの女性を含むこのグループは、皆中国本土から来て、トロントで初めて顔を合わせた19歳から29歳までの女性たち。また運転手は市内で野菜の荷を下ろし、空のトラックをドライブしてバッファローに帰る途中のカンボジア系アメリカ人で、報酬2千ドルのうちの前金5百ドルを手に、何食わぬ顔でイミグレーションを通過する予定であった。無事国境を越えてから残額を支払うとの契約は、見も知らぬ男に、トロントのチャイナタウンで声をかけられて請け負った仕事という。


だが図らずも、女性の髪がトラックの荷台の下で寒風にさらされているのを移民局のオフィサーが目撃し、ギリシャ神話ならぬ中国女性によって体現された、現代版「オデッセー」は終わりを遂げたのである。

しかし、もしこの国境で彼女たちが発覚されなかったら、寒さと車の排気ガスですでに意識を失いかけていた4人は、目的地に着くまでに凍死していたに違いない。
27歳の女性には故郷に5歳の子供がいるという。

3万〜5万USドル
アジアの経済危機が深刻化するのに比例して、最近は中国本土からアメリカへの密入国者が増加している。
また東南アジアや中近東からの人も多く、背後にはヨーロッパ、南アメリカ、ロシアなどに、彼らを手引きする大きな組織があり、「莫大なお金が動いている」とカナダの国家警察は見ている。

また中国女性の場合は政府の一人っ子政策の影響で、ほぼ強制的に行われる不妊手術や避妊具着用に抵抗して、村を出る決意をする女性も多いという。
信じられないことだが、貧農の家庭から一人の稼ぎ手がアメリカを目指すのに支払われる金額は3万〜5万USドル。当然ながらそんな大金を持ち合わせていない中国人は、まずアメリカに密入国(多くはNY市を目指す)した後、チャイナタウンのレストランや縫製工場などでこまねずみのように働き、借金を返しながら他の家族が自分を追って密入国して来る日を夢見る。

だが長い労働時間や家族を離れて一人働く寂しさは、本国で想像していた「"金山"の国での豊かな生活」とは程遠く「こんな生活のために何で命をかけたのか?」との思いを抱き、無念の日々を送っている人が多いという。
しかしそれでも毎年一万5千人ほどの密入国者が、カナダ経由で流入して来るとアメリカの移民局は推計する。

無条件
カナダとアメリカの難民の扱いに対する大きな違いは、カナダは到着した空港で「難民申請」さえすれば、ほとんど無条件で入国が許されるのに対し、アメリカはヒアリングを行うまで禁固される点だろう。

カナダの場合も、後日にヒアリングを行うが、税関ではひとまず入国を認めるため、そのままどこかに雲隠れしてしまう人が多いのだ。
去年の例を見ると5千人もが、難民として入国はしたものの、その後の行くえを追えないでいる。「恐らくアメリカに行ったか、アンダーグランドにもぐったのでしょう」とは移民局のエキスパートの弁。
今回の4人の女性も一応カナダに留まったものの、今後スネイクヘッドによって、再度アメリカに密入国するであろうことは想像に硬くない。

OCS NEWS No.598 Mar.12,1999




アメリカとカナダ、どちらが住みよいか?


カナダ統計局調査
アメリカとカナダは面積や人口などに違いはるものの、両方とも英語を主要言語とする北米大陸のお隣同士。「どちらの国のほうが住みやすいか?」という話題は、メディア関係などがよく取り上げるトピックである。

最近もカナダ統計局から、2国間の生活比較調査の結果が出て新聞を賑わした。
こうした学術調査は、どのような形で行われたのか、数字にどの程度の信憑性があるのか、一般には今一つ分からない点がある。

だがそれを考慮したうえで、調査結果を簡単にいうと「お金持ちならアメリカが住みやすく、平均的生活を望むミドルクラスならカナダがよい」ということのようだ。
まず収入面を比較した時、高額所得者の上位20%が占めるディスポーザブル・インカム(DI=税引き後収入)はアメリカが44.2%に対しカナダは38.1%。つまりアメリカの高額所得者の方が、カナダより6.1%も多く消費パワーを持っていることになる。

だがこれが平均家庭のDIとなると、極端な金持ちの収入が引き上げてくれるおかげで、アメリカは$3万7400ドルに対し、カナダは$3万5200ドルで、その差額が$2200ドルもあるにも関わらず、中央値(median)に目を向けると実際のDIは、アメリカよりカナダの方が700ドルも多いのである。(カナダドルで比較)

加えてアメリカの中間層の人々が、最近は子供たちを私立の学校に入れるなどで教育費がかさんでいる事、医療費の自己負担が多い事などを考えると、カナダの中間層の方が実際にはもっとDIがあるのではと見るむきもある。
一方ジェンダー別の収入では、アメリカの場合高額所得者のDIが男性49.2%:女性47%、カナダは男性43.2%:女性44.6%。一見大人しく見えるカナダ女性の方が、大声でその存在感を誇示するアメリカ女性より消費力が男性に勝っているのは面白い。

頭脳流出
また74年辺りまでさかのぼって見ると、貧富の差が益々顕著なのがアメリカで、カナダの場合はその差が縮まっている。
しかし各種の問題があるアメリカではあっても、他国から見れば今だに多くの夢をかなえてくれる希望の国。

  その夢を求め、優秀な人材がアメリカに流れてしまう傾向はカナダでも著しく"brain drain"と称して愁うる声を聞くことが多い。特に医療関係、法律関係、ハイテク関係などの優秀な頭脳流出が話題にのぼる。

職を探して移動した人に理由を聞くと、カナダではその能力を発揮できる分野がなかったり、選択の余地の少なさをあげる場合が多く、「お金が第一の理由ではない」と異口同音にいう。だが金に糸目をつけない研究費や、高いサラリーが魅力なのは言うまでもない事だ。

特に最近のカナダ政府の極端な予算削除で、グラントなどが思うように下りなかったり、軟弱なカナダドルを考えればアメリカからのオファーに二つ返事で"south of border(こちらでよく使われる言い回し)"に飛んでいってしまう心情は分かろうというものだ。

しかし南に行った人が必ずしもアメリカ生活のすべてに満足しているかといえばそうでもなさそうだ。人生のプライムタイムはアメリカで過ごすものの、ある程度の年になったらやはり故郷のカナダに戻りたいと思う人も多いとか。

30年ほどPR関係の仕事をしていたある50代の女性は、最近トロント近郊の街に戻ったが、「これでやっと病気になっても破産する心配はない」と胸をなで下ろす。税金で賄われるカナダのヘルスケアシステムを指してのことだが、「学校の廊下に銃を持ったセキュリティーがいるなんてカナダでは考えられないことです」とも付け加える。
カナダでの生活はなんと言っても高い税金がネック。だが人数としては多くないものの、逆にアメリカからカナダに来て仕事をしている人は「ハイウェーはただ。公立学校制度も悪くない。大学の授業料はアメリカに比べ格段に安い」などその見返りを指摘する。 とは言え、この高い税金は働く意欲を減退させ、またアンダーグランドの経済を発展させることも確かだ。

さて、どちらの国がいいのかはすべてそれぞれ個人の見解だが、結局は"住めば都"ということだろうか?

OCS NEWS No.596 Feb.12,1999




童話「ウィニー・ザ・プー」
(熊のプーさん)の秘話


NY市立図書館
「テディーベアなんか抱いちゃってちょっと照れちゃうな...」と言わんばかりにはにかむのはお馴染みのジュリアーニNY州知事。
これは調度一年前の今ごろ、ニューヨーク市立図書館(5Ave&42nd St)のショウケースの中に住む「熊のプーさん」こと「ウィニー・ザ・プー」と、その仲間である4匹の縫いぐるみの動物が、生まれ故郷の英国に戻るべきかどうかで一悶着あった時のものである。

話しの成り行きを覚えている人は多いかと思うが、ことの発端は英国のある女性大臣が、NYを訪れたさいガラスケースの中にまるで監禁でもされたように寂しげに座っているウィニー、タイガー、カンガ、イヨレ、ピグレットに出会ったことに始まる。

哀れをもよおした彼女は帰国後議会で、「この5匹の動物たちは我々英国人のかけがえのない遺産。故郷に戻って来るべきだ」と発言したのである。
言わずと知れた「ウィニー・ザ・プー」の物語は、英国人作家A.A.ミルンが書いた子供向けの童話。
ひょうきんで誰からも好かれる小熊のウィニーと仲良しの動物たちが、クリストファーという男の子と一緒になって繰り広げる情緒豊かな物語は、世界中の子供たちから愛され、今では20カ国以上の言葉に翻訳されている。

ハリー・コルバーン大尉
これほど広く読まれている童話だが、この「ウィニー・ザ・プー」の「ウィニー」なる言葉の本来の意味を知っている人は以外と少いようだ。

日本語では単に「熊のプーさん」と訳されているので分からないのは当然としても、英語圏でさえ、ウィニーがカナダのウィニペック(マニトバ州州都)の愛称から来ていることは余り知られていない。
ではこの名前にどんな由来があるのか、第一次世界大戦まで話をさかのぼってみよう...。

1914年、ヨーロッパ各地は戦火に見回れ大変な時代。カナダも参戦を決意したため各地から出征兵を送ったのだが、その中に陸軍のマニトバ騎兵連隊の獣医として従軍した、ウィニペック出身のハリー・コルバーン大尉もいた。
汽車で大陸横断の途中オンタリオ州のホワイトリバーという小さな町で下車した際、親がトラッパーに殺されたという小熊が連れて来られた。不憫に思った大尉は、それを20ドルで買い取り出征地の英国に連れて行ったのである。「さて名前は?」と思った時に考え付いたのが、自分の出身地ウィニペックの愛称である「ウィニー」。

哺乳瓶でミルクを飲ませたり、自分のベットの下で寝かせたりして可愛いがったが、たちまち回りの兵士たちの間でも人気ものになってしまった。しかしコルバーン大尉は間もなくフランスに駐屯することになり、考えあぐねた末、ロンドンの動物園に一時預かってもらう事に決心した。

しかしここでも人なつっこいウィニーは子供たちに大人気で、すぐに動物園のマスコット的存在になった。その子供の中には作家、A.A.ミルンの息子クリストファーもおり、彼は乳母に連れられて日参していたのである。息子の余りのご執心に父親も動かされ、ある日ウィニーに会いに行ったことが、あの可愛らしい「ウィニー・ザ・プー」の物語が創作されるきっかけになったのである。
大戦が終わった19年、大尉がカナダに帰る前に立ち寄ったロンドンで見たものは、子供たちに大人気のウィニーで、彼は連れて帰るにしのびず、そのまままロンドン動物園に寄贈してしまった。
34年にウィニーが死んだ時には、各新聞がその生い立ちに絡む話を特集したという。

アシニボイン公園
コルバーン大尉はその後も獣医として働き、死ぬまでウィニペックニに住んでいた。その大尉の一人息子フレッドさんは、数年前この隠れた秘話を少しでも多くの人に知ってもらおうと奔走し、92年8月にウィニペック市アシニボイン公園にコルバーン大尉とウィニーの像を建てた。

さてNYの図書館のウィニーとその仲間たちは、ジュリアーニ知事の膝に乗って写真に収まった後も、引き続き当地に留まることに決まったのは周知の通り。
次回同図書館をお訪れるさいにはちょっと足を止めて挨拶を! そしてもし、あなたの回りにウィニーが大好きという子供がいたら、是非この秘話も話してあげて欲しい。

OCS NEWS No.594 Jan.15,1999



以下の11篇の原稿は、カナダの『同性婚合法化』に関し各種メディアに寄稿したものを集めたものす。
内容にダブる点があるのをご了承下さい。


カナダの「同性婚法案」最終的に決定


保守党の動議否決
去年7月カナダは、長い間懸案だった「同性婚法案」を国として成立させた。言うまでもなく、これは男女の間のみに可能だった「結婚」の定義を「同性同士」にも可能にした法律である。
つまり男性同士、女性同士でもその意思があれば、異性間の結婚と同じ法律を行使できると言うものだ。
カナダはオランダ、ベルギー、スペインに次いで世界で第4番目の国である。

しかし今年1月に行われた連邦総選挙で、自由党が負けたことにより、この法案のゆくえが懸念されていた。
理由は、少数派ながら自由党からその政権の座を奪った保守政党のキャンペーン公約の一つが、この法案の見直しであったからだ。

メディアを始め国民の多くも、すでに決まった法案を再び俎上に載せることには懐疑的であった。
だが同法案に強く反対し続けているファンデメンタルの宗教関係者や、結婚は男女の間のみに成立するとする右派グループの活動により、政治家たちは大きく揺れ動いていた。
もちろん議員の中にも同法案に反対する人々はかなりの数いて、その考えが選挙区で支持され当選した政治家もいる。

そこで保守派の党首であるハーパー首相は、この法案を再開し、再度国会で自由投票を行うべきかどうかについての動議を12月7日議会に提出した。

その結果は反対・賛成が175対123で否決された。
これによって同法案は永久に法律として成立したとみなされ、今後この件に関し再び国会で審議されることは無いと決まった。

しかし反対者たちは黙っていない。
結婚は「アダムとイブ」の間のみに可能であって「アダムとスティーブ」の関係はありえないとする人々は、「今後も草の根の運動を通して反対し続ける」と意気込んでいる。アメリカの反対運動の活動家も大いに力を貸している。

あるカトリックの神父は、この18年間季節や天候に関係なくオタワの国会議事堂の前で「妊娠中絶」「同性婚」反対を叫び続けており、月〜木曜日は6時間15分、金曜日は3時間15分プラカードをもってデモを行っている。

今後こうした根強い反対者たちがどのような運動を展開するかは未知であるものの、一応同法案は終止符が打たれたことになる。


2006年 12月




検証:連邦政府『同性婚合法化」に見るカナダの人権のあり方
(11/04)


連邦最高裁判所での聴聞会
カナダ連邦最高裁判所は10月6日からの3日間、かねてから懸案だった同性婚(同性同士の結婚)について、賛否両論の意見を聞く聴聞会を開いた。

連邦最高裁側は、9月末に決まった2人の新裁判官を含む9人(女性4人、男性5人)が勢ぞろいし、またそれぞれの意見を述べる弁護士や関係者は45人ほどが出席した。
この時点ではあくまでも同性婚に対する両者の言い分を聞くにとどまり、これによって連邦最高裁がすぐに態度を表明するというものではない。

それでは何故ここにいたって聴聞会を開くことになったのであろうか?
それは1年半ほど前までさかのぼるのだが、去年の6月10日にオンタリオ州下級裁判所において、同性婚を承認したことに始まる。

これはカナダで始めての歴史的決定で、裁判所は申請していた6組の同性愛者カップルたちの婚姻を認め、異性婚とまったく同じ条件で結婚できることにGOサインを出した。
オンタリオ州の新しい法律は、「婚姻は一人の男と一人の女の間に成立する」と言う従来の定義を「二人の間」に変更し、同性婚の2人を「Married Couple」として承認する法律を立法化したのである。

この時点で、当時クレチェン首相が率いる連邦政府与党の自由党は、すぐに控訴せず、連邦最高裁に幾つかの質問を提出し、政治の場に司法を巻き込む形を取ったのである。 その質問とは:
@結婚の法的定義変更に当たり、立法権は議会だけにあるか?
A結婚の定義を同性婚にまで広げることは合憲か?
B聖職者は自己の宗教的信念に反する場合、憲法によって同性婚の結婚式を司ることを拒否出来るか?
C下級裁判所の判決通り、従来の異性婚しか承認しないのは違憲か?

今後この4つの視点から連邦最高裁は同性婚問題を考慮することになり、その後は国会で審議され、国の法律として立法化するかどうかが決まるのである。

少数派政権
だが聴聞会に先立ち、トロントスター紙が入手した政府からの漏洩情報に寄れば、ポール・マーティン首相が率いる自由党が、この件を国会に持ち込むのは2005年秋あたりになるそうで、もしこれが事実なら今から一年も先と言うことになる。

そこまで伸ばさなければならない理由はいろいろあるが、大きな要因の一つは今年6月の連邦選挙で、自由党が少数派政権になってしまったことに影響されている。
つまり今後何を決めるにしても、十分な議席がないことから困難を強いられる。特に同性婚問題は、去年9月に旧アライアンス党が国会で動議を提出して、結婚の定義に関して再確認した自由投票の結果が尾を引いてもいるのである。

その動議とは「結婚は男女間のみ」という法律の定義に対して、連邦議員の賛否を問うものであった。
結果は反対137、賛成132で、同性婚推進派が僅かながら勝った。だが当時の自由党議席は171で、その内53議席もが賛成派に回り、党内の意見の分裂を露呈した。
これは党が一丸になって同性婚法案成立を推し進める原動力に翳りがあることを示唆し、今後の動きが決してたやすくないことを暗示した。

世論調査に見る賛否両論
連邦最高裁の聴聞会が開かれるのを前に、IPSOS-REID調査会社が行った同性婚に対する世論調査が、グローブ&メール紙に掲載された。
同社は96年以来何回かの調査結果を発表しているが、今年10月の「同性婚に対する賛否」では、賛成54%、反対43%、分からないが3%であった。。

更に踏み込んだ質問への回答は:
*年齢別:34歳以下の64%が賛成、55歳以上の41%が賛成。若い人ほど柔軟な考えであることがわかる。
*地域別:都会在住の58%が賛成、地方在住の37%が賛成。都会人のほうがオープンマインドと言える。
*性別:男性の51%が反対、女性の36%が反対。女性のほうが男性より許容度が高い。
*教育別:高卒以上の教育のある人の61%が賛成、高卒或いはそれ以下の教育の人は44%が賛成。高学歴の方がより理解がある。
また「同性カップルに『結婚』の言葉を使うことの賛否」では、賛成52%、反対45%である。

人権問題かモラルの問題か
各州の裁判所、或いは今回の連邦最高裁判所での聴聞会でもわかるように、同性婚の賛否に関しての両者の視点の相違は、賛成派が「人権」、反対派が「モラル」の問題として扱っていることだろう。

賛成派は20年余り前に、当時のピエール・トルドー首相が作成したカナダの憲法「権利と自由の憲章」を前面に掲げる。

その第15章「すべての個人は、法の前及び法の下において平等であり、とりわけ人種、出身国、あるいは出身民族、皮膚の色、宗教、性別、年齢、または精神的、肉体的障害により差別されることなく、法の等しい保護及び利益を受ける権利を有する」という部分を取り上げ同性婚に反対するのは違法と説く。

一方反対する人々は、「同性婚はカナダ人が考える社会の有り方の『理想の標準』に達しない」と言い、「次の時代を担う種の継続は社会を堅固なものにする基盤で、それを劣化することは行き過ぎた単純化への道につながる」との意見を主張する。

同性婚初の離婚申請
こうして賛否両論の世論が渦巻く中、7月半ばに同性婚カップルの初めての離婚ケースが、オンタリオ州の裁判所に提出された。
メディアからの取材攻撃を避けるため、登録はM.M.とJ.H.のイニシャルを使用したが、2人はトロント在住の子供のいないレズビアン・カップルであった。

去年6月の同性婚法成立後すぐに結婚したが5日目に別離。しかし婚姻法と離婚法はまったく別な法律のため、同性婚の離婚はその時点では成立しなかった。だが2ヵ月後の9月13日になってオンタリオ州最高裁は、離婚法が適用されないのは違憲と判断し、直ちに離婚を認めた。

全国で初めて(世界で初めてという弁護士もいる)のケースだが、今のところオンタリオ州のみで適用される法律である。
異性婚の人々の人生が千差万別であるように、同性婚の人たちにもそれぞれの生き方があることを示したケースで、「取り立てて驚く必要はない」と両者の弁護士たちは言う。

世界各国から来て結婚
去年の夏、国内で初めてオンタリオ州が同性婚を認めたときは、丁度トロント市恒例のゲイパレードの時期であった。当然ながらこれは大勝利のニュースとして受け取られ、結婚したての幾組もの同性婚カップルたちは、パレードの先頭を切って行進した。

トロント市民にはまだ記憶に新しいが、去年のこの時期は、ツーリスト・シーズンのかき入れ時にもかかわらず、世界中を震撼とさせたサーズ(重症急性呼吸器症候群)騒ぎで、トロントは観光、飲食、エンターテイメント業界など軒並み閑古鳥が鳴いていた。

だが、そんなことをものともしない同性愛者たちは、カナダ国内からは言うに及ばず、アメリカを中心とする諸外国からも押しかけ、結婚許可証をもらうためにトロント市庁舎に出かけていった。その数はわずか2週間ほどで180組近かったといわれている。

カナダに先駆けてすでに同性婚を認めている国は、オランダとベルギーであるが、カナダがその二ヶ国と際立って異なる点は、必要書類さえ整えば、世界中どこから来た人でもここで結婚ができることである。カナダの市民権も居住権も必要とせず、これは異性婚の場合も同様である。

このオンタリオ州に引き続くその後の各州の動きは驚異的で、同じ夏の7月8日にBC州で、また今年に入ってからは3月15日にケベック州、7月14日にユーコン準州、9月16日にマニトバ州、9月23日にノバスコシア州、11月6日にサスカチュワン州でそれぞれ同性婚が承認された。
それはまるで制作半ばのパッチワークのような形を取っていが、今後もその数を増やし続けることだろう。

だが前記のように、連邦で同性婚を承認するかの結論が出るのはまだ先のことである。どんな結果になるにしも、今後とも大きな関心を引く政治課題であることに間違いはない。

〜*〜*〜*〜

筆者はこの10年程「同性婚問題」に強い関心を持ち、取材を続けてきた。その理由は、「ゲイライツ」というものを単に「同性愛者たちのみの問題」としてとらえることなく、マイノリティーの視点から見たいと思ったからだ。

ちょうど戦時中の日系カナダ人たちへの国の扱いに対して起こったリドレス(補償)運動に通じるものがあることに強い興味をそそられたのである。
周知のように日系カナダ人たちは長い戦いの末に勝利を得たが、その補償は一つ日系カナダ人のみの問題ではなかった。つまりカナダがマイリティーの人々に光を当て、人権の立場から補償したことが大きな勝利だったのである。

もちろんカナダも世界のどこの国とも同じように、大きな問題を抱えている。ヘルスケアのサービス縮小、公人の汚職、貧困層の拡大、銃がらみの事件、と数え上げたら切りがない。だがこと「人権」という問題に関しては、世界の先端を行っているのではなかろうか。

ある友人は、長い間カナダの市民権を取ることに迷いがあったが、同性婚を承認しようかを考えるような国なら「市民になろう」と思ったという。ちなみに彼女はヘテロセクシュアルの女性である。

〜*〜*〜*〜

筆者の取材をまとめた本が「カナダのセクシュアル・マイノリティーたち、人権を求めつづけて」と題して、来春に東京の教育史料出版会から上梓される。
日本では余り興味を持たれない「人権」と言う分野からまとめた本だけに、出版社はいまだに出版にこぎつけることに大変な努力を必要としている。
自分がゲイであるかないかと言う視点からだけではなく、カナダと言う国のあり様を違った視点から見たいと思う読者が一人でも多いことを心から願っている。

日加タイムス 2004年11月19日




連邦政府の『同性婚合法化』その後の動き
パートW(5/04)


カナダ首相賞
カナダの同性婚に関する原稿を、先回当紙に寄稿したのは11月号であった。そのとき私は、来春に「ひたすら求める平等への道」(仮題)という本を、東京の教育史料出版会という出版社から上梓する予定だと書いた。

それから半年余りがたち、いま2004年の5月を迎えようとしている。その後多くの方から「本は出版されたのか?」という問い合わせを頂くが、残念ながら「まだです」というのが答えである。
その理由は、東京のカナダ大使館で行っている「Canadian Prime Minister’s Awards for Publishing in Japan(カナダ出版首相賞)」というアワード・プログラムに、原稿を申請していたからであった。

結果から言うと、残念ながら受賞はできなかった。本来なら発表は2月末のはずが、今年は余りにも提出された作品が多かったとのことで、2ヶ月も遅れたのである。
私はゲイライツという視点を通して、日本の読者にカナダの「人権」に対する考え方を知って欲しかったため、賞を逃したのはとても残念だった。

だが考えてみると、日本社会のその方面の認識の浅さを思えば、「ゲイライツ」などに焦点を当てた読み物に興味を示さないのは当然のことだ。残念ながら日本社会は、ゲイの結婚問題などを社会が取り上げて堂々と語るほどに、社会は成熟していないのだと改めて思い知らされた。

それは天下の雑誌「文藝春秋」でさえも、つい最近「ホモ」という言葉が記事の中に堂々と使われていることを見て納得したのである。
幸いなことに出版社は「今回の結果はたいへん残念ですが、首相賞を逃しても、このリポートの価値・意義はいささかも変りませんので、いい本に仕上げましょう」とメールを送ってくれた。だがこの発表の遅れのために出版は秋口にずれこむことになってしまった。

マイノリティーへの権利
以前にも書いたが、私がゲイライツという運動に興味を持ったのは、この問題を単にゲイ人々のみに影響する権利とは考えないからである。大きく言えば、これは「マイノリティー全体に対する権利」であると思うのだ。

私自身はこの国にアジア女性として何十年か住んでいるが、この白人中心の社会では決してメイン・ストリームで生きては来なかったし、またこれからも生きては行かない。なぜなら日本人がここで主流をなすなどは、今から100年経っても考えられないことだからだ。
だがそれでは、肩身を狭くして生きているのかといえばそんなことは一切なく、主張すべきは主張して、この社会でより快適に過ごすことを心がけている。

その生きかたのありようは、ゲイの生きかたのありようと共通するし、アジア女性であることを変えることが出来ないのは、ゲイであることを変えることとが出来ないのと同じなのだ。
ここが、ゲイライツはすなわちマイノリティー・ライツだと思うゆえんである。

政治的変化
年末も押し迫った昨年12月半ばに、クレチェン前首相が引退したのを受けてポール・マーティン首相が率いる新内閣が誕生した。
周知のように新首相自身は、クレチェン前首相のように連邦政府とし同性婚を承認することに熱心ではなく、代替え案として「シビル・ユニオン制度」の導入などを考慮に入れてたいと示唆している。

だが同性婚に対する党内での考えが一致しないことは、昨年の9月に「結婚は、1人の男性と1人の女性の間にのみ成立する」という定義に関して行われた自由投票の結果を見てもわかる。137対132の僅差で何とか否決されたものの、党内の足並みの乱れを露呈した。

また最近は、新首相になってから急に明るみに出たケベック州の宣伝・奨励金疑惑に絡む乱脈経理を初めとして自由党内の各種のスキャンダルが、総選挙の時期を決定することに二の足を踏ませる結果にもなっている。

このぐずつきは、とりもなおさず今後同性婚法案をどのように推進していくか、先行きの不透明さに繋がっている。
だがそうした政府のごたごたをよそに、昨年11月以降ゲイライツに関する政治的なニュースで一番大きなものは、今年3月にケベック州で、同性婚が許可されたことだろう。
経緯は、昨夏すでにその権利を獲得したオンタリオ州、BC州と同じで、同性婚を切望しながら何年も一緒に暮らしている同州のカップルたちが、異性婚とまったく代わらない権利を得たのである。

最高裁への質問
統計によると、今年の2月14日のヴァレンタイン・デーまでにオンタリオ州、BC州で結婚式を上げた同性カップルは14700人に達し、そのうち外国人は6800人ほどとなっている。 もちろんこの数は、今後増えこそすれ少なくなることはない。
マーティン首相が率いる自由党と、同性婚に反対の旧アライアンス党から新たに変わったカナダ保守党との対立が、今後どのように政治地図を書き換えるかが大きな焦点である。
だがそれと平行して現在政府は最高裁判所に同性婚推進に関して4つの質問を送っている。

@結婚の法的定義変更に当たり、立法権は議会だけにあるか?
A結婚の定義を同性婚にまで広げることは合憲か?
B聖職者は自己の宗教的信念に反する場合、憲法によって同性婚の結婚式を司ることを拒否出来るか?
C下級裁判所の判決通り、従来の異性婚しか承認しないのは違憲か?

この質問への返事が来るのは早くとも今秋、或いは来年にずれ込むことも大いに考えられる。その時点で再度、社会問題として世論が揺れることは必須だ。

タイムス誌
「2人のマイケル」と言う名でとみに親しまれているゲイ・カップル(日系ヴォイス11月号に紹介)は、昨年末にアメリカのTIME誌が「2003年度・一番話題になったカナダ人」として選出された。
記事は8ページにも及び、2人の日常生活が垣間見られるたくさんの写真と共に紹介されているが、同時に、北米大陸で初めてバンクーバーに設立された公共の麻薬投与センターや、少量のマリファナ所持規制緩和など、カナダならではの社会的傾向にも触れている。

アメリカのイラク戦争が泥沼化していく中で、ブッシュ大統領は恐ろしいほど右よりになり、ますます世界から孤立している。
大統領は、1月21日に行われた施政方針を示す一般教書演説で、「わが国は結婚の神聖さを固守しなければならない」と言明した。今後憲法改正を含めて、同性婚への法的規制を強化する動きを示唆する発言は、昨年11月にマサチューセッツ州最高裁判所が、同性婚を法的に認める判決を下したことへの反発である。

だが、その後アメリカではカルフォルニア、フロリダ、オレゴン州などを始めとする幾つかの町で次々に結婚許可書配布の許可が下りたり、また禁止されたり、それ対する抗議デモが起こったりとめまぐるしい。
サンフランシスコでは、賛成した市長は外出時に防弾チョッキを着ているなどのニュースも聞かれる。

当然ながらカナダでも同性婚に反対する人は多く、ある世論調査では45%近いと言われている。またゲイに対するバッシングもアメリカ同様にあるのだが、それでも同じ問題への対処の仕方、社会の反応には両国の違いを感じる。
あるゲイのアクティビスとは「本当にカナダに生まれてよかった」としみじみ語っていた。

日系ヴォイス 2004年5月




連邦政府の『同性婚合法化』の動きによせて
パートV


余りにも普通
掲載の写真の2人は、カナダではもうすっかりお馴染みの顔で、読者の皆さんも一度や二度は見た記憶があることだろう。この10年ほど彼らは、ゲイ・アクティビストとして数え切れないほどカナダのメディアに登場している。また6月10日オンタリオ州で同性婚が承認されたさいには、先頭を切って結婚したため、そのニュースが顔写真とともに通信社から世界各国に流されたという。

2人はたまたまMichaelという同じ名前を持つことから、「Two Michaels(2人のマイケル)」と呼ばれている。10月半ばには結婚4ヶ月目を迎えたが、実際にはすでに20年近くの歳月をともに生活している。

いつもフワフワのカーリーヘアーをなびかせているマイケルは、州政府の弁護士。パンチパーマの小柄なマイケルは、グラフィック・アート関係の会社で働いている。ダウンタウンの素敵なコンドミニアムに愛犬と一緒に住んでいるが、そこに置いてある高級志向の調度品から飾りつけ、そして彼らのライフスタイルにいたるまで、それは2人で仕事をする子供のない異性愛カップルと寸ぷん違わない。

「本当にこうなることをどれほど待ち望んでいたか知れないんだ!」と2人して喜ぶ顔を見ると、思わず「おめでとう!」の言葉がほとばしる。国民として税金を払い、選挙をし、政治経済に関心を持ち、旅行を楽しみ、友達との輪を広げていく――。そんなごく「普通の生活」を送っている2人。ただこのカップルは男女ではなく男男という組み合わせだが、その生活振りはどこにも見られるもので、取り立てていうほどの違いは何一つない。

もちろん異性愛のカップルも千差万別で一くくりにできないのと同じように、同性カップルにもいろいろな人々がいることは確かだ。だが結婚をあえて望む同性愛者たちの多くは、結婚したことによって「より一層の硬い結びつきを感じている」と異口同音に言う。

結婚が“戦って取った権利”ではない異性愛者たちには、この“形式上の契約”に何の意味があるのかと思う人は少なくないし、同棲をあえて選ぶ男女も多い。
だがそれは両方を選べる権利のある者たちの考えで、同姓婚を阻止するのは異性愛者たちの思い上がりではなかと、マイケルたちの幸せな生活を見るにつけ痛感する。

2年前に同性愛ゆえに首吊り自殺した一人息子を持つある母親は、6月の政府の決定を聞き「この日を彼に見せてやりたかった」と涙にくれた。その悲しみは私の胸を突き抜け、ともに涙せずにはいられなかった。

同性婚の現状
この連載記事パートT,Uでも書いたように、カナダは現在まるで2つ(BC/オンタリオ州)だけ完成したパッチワークのような形で同性婚が機能しているが、すでにこの両州で結婚したカップルは1000組以上と報告されている。

現在は、アライアンス/進歩保守党の合体、11月半ばにマーティン氏が次期首相として選出される自由党大会、来年2月のクレチェン首相の引退、そして総選挙と次々に政府内の大きな動きが予定されている。

そのためこの夏のように、「同性婚」がメディアの大きな話題にはなっていない。だが政府の動向の根本には、同案を推進するか否かの問題が水面下で大きく関わっている。

MCC教会
ダンフォースとブロードヴュー近くにある、エスニックのマイノリティーや同性愛者の人々が多くが集まるメトロポリタン・コミュニティ教会では、6月以来すでに50組(10月末現在)の同性の結婚式を執り行っている。

当教会のブレント・ハウクス主任牧師は、今後の動きに対して「すでに法律に基づいて結婚した人に離婚をしろなんて言えません。まだ歳月は掛かるかもしれませんが、将来必ず国として同性婚を認めることになりますよ」と見通しを明るく語る。

だが一方では、ハーパー・アライアンス党党首などは、全国の2万6千に及ぶ教会を始めとする宗教関係団体に手紙を送り、ぺティションのための署名集めを呼びかけている。

最近のカナダ・インフォーメーション・リサーチ・センターの調査では、53%(18〜34歳は70%)が賛成、41%が反対となっており、反対者が根強くいることを示している。だがそれは、デモクラシーを標榜するカナダ社会が、健全に機能している証拠と言えよう。

マイノリティーへの平等
私は来春「ひたすら求める平等への道(仮題)」(教育史料出版社)という本を上梓する予定でいる。資料収集の第一歩から数えると、脱稿までに10年ほどの月日を費やした。この間に周りの人々に一番多く聞かれた質問は「なぜ同性愛の権利に興味があるのか?」というものだった。

理由はカナダに住むノンフィクションライターとして、是非この国の姿勢である「平等」へのたゆまざる努力を多くの人に知ってもらいたいと思ったからである。それを如実にあらわしているのが、同性婚へ向けてのアクティビスたちと政府の動きであるといっても過言ではない。

そしてこれは、一つ彼らの権利を守るというばかりではなく、すべてのマイノリティーに向けての運動に波及する効果が生じる。もちろんこの国も沢山の問題を抱えており決して理想郷ではないが、その姿勢には世界の多くの人々が学ぶものがあると信じている。

日系ヴォイス 2003年11月




連邦政府の「同性婚合法化」の動きに寄せて
パートU


自由投票
日本の阪神タイガースが18年ぶりに優勝した9月15日の翌日、オタワでは連邦政府の保守派であるアライアンス党を中心とする議員が、結婚の’定義の動議(法的拘束力はない)に関し自由投票を行った。

これは99年に下院で採択された「結婚は一人の男と一人の女の間にのみ成立する」と言う動議を再確認するために行われたものである。結果は反対137、賛成132の僅差で否決された。

自由党は何とか議会の支持をえたものの、クレチャン首相が法制化に向けて推進する原動力は事実上失われたことになる。
それは議会に半数近い反対派がいること。またその中には、自由党の171議席のうち53名もが加わっていたことで、今後党が一丸になれる見通しが立たなくなったからだ。

夏の間、世間ではいろいろな憶測が飛び、秋の国会再開後の動きは今一つはっきりしなかった。だが連邦保守派のアライアンス党は、同性婚に反対の一部の自由党/CP党員を見込んで自由投票に踏み切った。

アライアンス党は後に除外したものの、「議会は司法権の及ぶ範囲内で、あらゆる手段を持ちいてカナダの婚姻の規定を従来通りのものとする」という部分を加えていた。自由党は、将来これは各州に与えられている特別拒否権(notwithstanding close)を行使することにつながり、導入した議案を無効にする危険性があると指摘した。これに賛成できない自由党議員は反対派にまわった。

人権問題対モラルの問題
クレチェン首相やコーション法務大臣を中心とする推進派は、「同性婚は“権利”の問題」とするのに対し、反対派は「セクシュアリティーが絡むものは“モラル”の問題」であるとしている。ここに大きなスタンスの開きがある。

もちろん議員の中には、自分と選挙区との考えの差によって、どちらにするか揺れ動いた人もいたようだ。だが大方は自分自身の心の中にある道義心を問い、それによって賛否を決めた。
モラルに関する人間の考え方は、その人の生まれ育った環境や、あるいは現在置かれている立場が大きく反映する。と同時に問題に対する「無知」も大いに影響するといえる。

それが証拠には、自由党議員で以前は反対の姿勢をとっていた人が、問題点を熟慮し理解したことによって、賛成に回った人がいたことを見ても分かる。
この採択結果に対し、アライアンスのハーパー党首は「与党内部の分裂を露呈し、今後同性婚を推進しようとする政府は大きな問題に直面するだろう」とコメントし、反対のためのゴールの一つを達成したことを誇示した。

一方推進派は「僅差ではあっても議会が支持したことは確かで、この意味は大きい」としている。

 
このままでは終わらない
ここに来て今後の動きに暗雲が立ち込めたことは確かだが、しかしまだ戦いが完全に終わったわけではない。
法制化起草案に関する適合性の回答が、最高裁から来るのは来春以降と見られている。それを入手した時点でクレチェン首相引退後の政府が、どのような政府組織になっているかによっても大いに変わる。

次期首相のマーティン氏は反対派の票は気になるが、さりとて同性愛者や擁護者たちからの票も失いたくない、というのが正直な気持ちで、現在の所一応法制化に反対はしていないが、はっきりとした態度も示していない。「結婚」に変わる「シビル・ユニオン制」の導入という考えも口の端に上っているが、定かではない。

また今不気味な動きとしては、アライアンス党とPC党が合併し保守党として大きく伸びようとしていることだ。可能性に関しては多いに疑問があるものの、もしこれが実現すれば大きな保守政党が誕生することになる。

すんなりとは決まらない法制化の動きだが、オンタリオ州やBC州では夏以来続々と同性カップルが誕生している。特に今は先行きが不安になっていることもあって、結婚を急ぐカップルが多いと聞く。

またカナダ人ばかりではなく、当地で同性婚をするのはアメリカ人を始め外国からくる人たちにも多く、この潮流を変える事はもはや不可能であることだけは確かだ。

日系ヴォイス 2003年10月




連邦政府の『同性婚合法化』の動きによせて
パートT


そろそろ強烈な夏の日差しが肌にしみるようになった6月半ばからの2ヶ月余りの間、カナダに住む我々は何度「Same-Sex Marriage(同性婚)」という言葉を聞いたことだろう。

日ごろからカナダのニュースにかなり精通している人でも、それこそ日によってその焦点となるポイントがどんどん変わるために、「なかなか話題に追いつくのが大変」と言う声も聞かれる。

SARS,狂牛病、BC/アルバータ州の山火事、ウエストナイル、そして大停電。そうした大ニュースの合間を縫ってマスコミが日々追っている「同性婚」とは一体どういうことなのか? 8月末日までの動きをまとめてみた。

急激な流れ
カナダでは結婚の意思のある男女は、この国に居住しているか否かにかかわらず、最寄りの市役所の窓口に届けを出すと州の関係機関に自動的にまわされて、法律的に2人は夫婦として認められる。

もちろんこれには、重婚でないことなどのいくつかの規定条件を満たす必要はあるが、希望者には市役所のチャペル内で簡単な式さえ挙げてくれる。
となると一見結婚は市や州政府の管轄のように見えるが、2人が結婚できる条件の法律的規約を決めて管理しているのは連邦政府なのである。つまり「結婚とは一人の男と一人の女の間に成立する」と決め、それ以外の結びつきは一切認めない法律を固守している。

ところが6月半ばから、ここに男同士や女同士の「同性婚」を認めようではないかという動きが加わり、一挙に改憲へと動くことになった。

その流れは、まず6月10日にオンタリオ州控訴裁が、同性婚を法的に承認するという下級裁判所の判断を支持した。これによって長い間結婚の申請をしていた7組の同性愛者たちの結婚が認められた。

ついで6月17日にクレチェン首相が、このオンタリオ州の決定を連邦政府として最高裁に上告しないことに決めた。そして更に、同性婚を国全体として合法化し同時に宗教組織などに対し、これを承認するか否かの判断の自由を保証するなどの要綱を盛り込んだ法律案を起草し、カナダ最高裁の承認を得るようにしたうえで国会で採決すると決めた。

続いてBC州でも7月8日にオンタリオ州と同じように、州控訴裁が同性婚の承認を支持して州内での結婚を承認するとの決定を下し、その日のうちに5組が結婚式を挙げた。

同性婚反対派
とここまでは、次々と同性婚に対する動きが順調に進んだかに見えた。しかしその後の一ヶ月半余りは、この問題に対する賛否両論が噴出し、政府関係者はもちろんのこと、世論も賛成派・反対派のそれぞれの言い分が渦を巻き、メディアに「同性婚」という字が連日躍るようになったのである。

まず反対派の人たちの意見は、「結婚という形態は昔も今も男女の間にのみ成立するもので、こうした社会体制を崩すことは、社会の根本的基盤を揺るがすことになる」としている。また「結婚の本来の目的は、子供を産み育てることにもあるが同性婚はそれが不可能である」とする意見も多い。

また宗教関係者の反対も多数を占め、特にキリスト教のカトリック、ユダヤ教、イスラム教などの人たちが、モラルの低下を憂い「同性婚を承認しないのはカナダの憲法『権利と自由の憲章』に違反すると言うなら、宗教関係者もその権利と自由を主張することができるはず」と声を上げ始めた。

中には「同性婚を支持するクレチェン首相を始めとする政治家は、魂の永遠の救いを危機にさらすことになる」とまで言ったカルガリーの司教までが現れた。つまり「そんなことをしたら地獄に落ちるよ」という脅しである。

一方カトリックの総本山のバチカンカンでは、7月末に法王自らが呼びかけて「カトリック信者の政治家は同性婚を認めないように」という通達を出した。このようなお達しは以前にもあったが、今回は同性婚カップルに養育される子供のことにも触れ「そうした環境は、子供がノーマルに発育する上で障害になり、父親や母親に接するという環境をはばむことになる。

同性カップルに育てられるということは暴力を与えるのに等しく、その視点から見て、子供を依存状態に置くことになり人間として充分に発育する妨げになる」としている。(こうした考えはすでにカナダ精神協会によって、医学的に根拠のないものとして完全に否定されている)

もちろん宗教団体の中でも、ユナイテッド・チャーチ(合同教会)のように同性愛者の権利の容認を早々としているところもある。だが、キリスト教原理主義信じる宗教団体やその支持者たちは、8月23日にオタワの議事堂の前でデモを行ったのに続き、9月7日には、全国の同性婚に賛成の連邦議員のオフィスの前で、各々デモを行うことを計画している。

同性婚賛成派
クレチェン首相を長とする自由党は、オンタリオ州・ノースベイで8月18日から3日間自由党幹部会を開き、党内が抱えるほかの問題と共に多くの時間を割いて同性婚についても話し合った。

党内の支持はまったく半分にわかれたが、そうした中でクレチェン首相は一貫して憲法改正の姿勢を変えていない。
いろいろな意見が出た中には、国民投票によって賛否を決定したら、とする考えもあったが首相は反対している。「多数派の中で少数派の権利について投票で決めるのは賛成しない。もしそうした方法を取っていたら、今頃この国のフランス語は消滅していたはずだ」という。

加えて他党を含む連邦の政治家の中で聞かれる「同性婚に反対はしないが、『結婚』と言う言葉に抵抗がある。これは宗教関係を通して結ばれるカップルにのみに用い、後は異性婚・同性婚を問わず『Civil Union(シビル・ユニオン)』とするのはどうか」という意見にも反対の姿勢をとっている。「結婚の定義を決めるのは連邦政府の責任」と考える首相は賛成できないとしている。

現在国全体で見る同性婚賛成率は、BC州(55%)アルバータ州(42%)ワスカチュワン州・マニトバ州(39%)オンタリオ州(48%)ケベック州(62%)東海岸諸州(52%)である。

すでにオンタリオ州やBC州で結婚している人たち、長い間共同生活をしている同性カップル、彼らの擁護者たちは「同性婚を国が認めても、その考えを否定する宗教関係者が賞罰の対象にならないのなら、反対者たちは一体何を恐れているのか?」と疑問を投げかける。同性カップルが求めているのは「Marriage」という一文字で、それに伴う権利はすべて与えられているのである。

聖書における人の起源は「アダムとイブ」で「アダムとジョン」ではないというが、神の前ではすべてが平等とする教えと、同性愛は「SIN(罪)、SINNER(罪人)」とする宗教家たちの考え方の落差を偽善と言う人は多い。

今後の流れ
夏も終わり秋の国会が開催されるのも真近だが、今後の動きはまだ不透明である。
理由の一つは、遅くとも来年の2月までには引退すると予想されるクレチェン首相と、その後釜にほぼ決まっているポール・マーティン氏の交代劇があり、おそらくマーティン氏は就任後しばらくして総選挙を行うであろうと予想されている。

「同性婚に対しては選択の余地を開けておきたい」と含みのある言い方をするマーティン氏が、どれだけ性急にことを運ぶかは疑問だ。

現在は「権利と自由の憲章」に対する法案の適合性をまず最高裁に問い合わせているが、その作業がどれほどスムーズに運ぶかも予想は付かない。下院でのディベイトはその後になるが、政治家たちのそれぞれの思惑や出身選挙区の考えも作用し、2つに割れている自由党内の意見を一つにまとめるのは至難の業だろう。

中には最終的に改憲されるのは来年の秋ごろではないかという意見も聞かれるが、どれもこれも一般国民には憶測として探る以外はない。

またアルバータ州はたとえ連邦政府が改憲しても、「同州のみは例外とする」と明言しているが、果たしてそうしたことが可能かどうかなどの動きも興味あるところだ。

日系ヴォイス 2003年9月号




カナダ「同性婚」を承認する方向に
―世界で3番目の国になるか?―


記念日
2003年6月17日は、カナダのゲイの人々にとって永久に忘れることのできない記念日になった。それは異性婚と寸ぷんたがわない「同性婚」を、国が承認する方向に持って行くことを約束したからだ。

そのちょうど1週間前に、オンタリオ州控訴裁が、同性婚を法的に認めるとするオンタリオ下級裁判所の合議法廷の判断を支持したばかりで、連邦政府がそれをどのように取り扱うか不安の1週間であった。

だが結果は、オンタリオ州のみならず、国として法律を改正する用意がある旨をクレチェン首相が口頭で発表したのである。今後の手続きとしては、出来るだけ早く法律案を起草し最高裁判所の許可を受けた上で、国会採決にかけられる予定という。

もしすべてが順調に行っても、最終的に立法化するのは来春以降と予想されている。カトリック信者でもある首相自身が、本当に同性婚を支持していたかは疑わしい。しかし、強い世論の流れに反対するのが難しかったことは確かなようだ。

今後行なわれる法律の書き変えで一番大きな点は、「「婚姻は『男と女(one man & one woman)の間』に成立する」としていたものを『2人(two persons)の間』に変える点だ。

この決定によって同性婚を法的に認めことになれば、カナダはオランダ、ベルギーについで3カ国目になる。

反対者たち
だが国が承認の方向に動くようになるとはいえ、もちろん多くの反対者たちがいることも事実である。特に宗教関係者たち、中でもカトリックやイスラム教の人々は、露骨に反対を唱える。
「結婚は人権問題に関与するものではなく、神の恵みによるものだ」或いは「それだけが目的とは言わないが、本来結婚は種の継続にあり、同性婚はその根本的を犯すものだ」とあからさまにいう。

またFocus on the Family Canada のようなグループも「結婚が登録によって管理されるようになって以来、男女の間のみに成立する社会の規範だ」と強調する。
ある意識調査によると、カナダ国民の54%が賛成で、反対は44%である。

ラスベガス・ノース
この同性婚の承認が、オランダやベルギーと際立って異なる点は、結婚希望者に「カナダ人か、またはカナダ居住者であること」と言う規制を設けていないことだ。

つまり世界中の何処からでもオンタリオ州に来て結婚することができるのである。将来国として立法化すれば、カナダのどの州に行っても同じ条件で婚姻許可書を発行してもらえることになるが、現時点ではオンタリオ州のみである。(結婚許可書はあくまでも許可書であって結婚証明証ではない。許可書は90日有効でその期間に結婚しない場合には無効になる)

婚姻許可書を取得するのに必要なものは、パスポートまたは出生証明書、加えて写真付きのID(運転免許、健康保険書など)を提出をし、110cadを支払えばよいのである。本国での離婚経験者は、英語か仏語訳をした書類を出す必要がある。

6月10日にオンタリオ州のみが承認した時点でさえ、その後のたった4日間に、トロント市庁舎のチャペルで結婚をしたカップルはだけで89組になった得した。その中にはアメリカを始め、中国、イギリス、カリブ海の島などから来て手続きをしたゲイカップルも含まれる。

トロントは春以来、SARSですっかり悪名高い街になってしまったが、結婚を望むゲイカップルたちはそんなことを恐れてはいない。早くも「ラスベガス・ノース」というニックネームが付けられている。

しかし、世界で同性婚を認めているのがたった2国とカナダのオンタリオ州だけとなると、本国に帰ってからその結婚が承認されることはほとんど無理と思われる。

だが米加間の人の動きは大変なもので、近い将来同性カップルがアメリカに行って働くなどは容易に想像できる。そんな場合の税金や社会保障などは、アメリカではどのように取り扱われるのだろうか。

今後カナダの同性婚承認が及ぼす影響は、実に迷路のようで計り知れない。

OCS NEWS July 4,2003


追記:
@7月9日にはBC州でもオンタリオ州と同じ判決が下された。
A9月半ばに国会で「結婚の定義」に関する動議の自由投票が行われた。それは連邦政府が1999年6月に、「婚姻の定義」の変更に関して、賛成216、反対55で「結婚は男女の間のみとする」と決定した事を、再確認しようというものであった。

今夏、次々と変わる同性婚に向けての動きの後、トラディッショナルな形の結婚のみを信じる人々や、各種教会の原理主義を重んじる宗教団体などが、集会やデモを行うなどして法改正への動きを阻止しようとした。
そうした世論の後押しを受けて、保守派のアライアンス党首が動議を提出し、国会で結婚の定義について再度の自由投票を行ったが、結果は反対137、賛成132の僅差で否決された。

同性婚推進派が僅かながら勝ったものの、これは与党内での意見の分裂を露呈した。
自由党171議席のうち53議席もが賛成に回った結果は、残念ながら今後党が一丸になって「同性婚」を推し進める原動力を失ったことになる。




世界の街
<人権先進国カナダ  その中心の街  トロント>


ゲイパレード
6月最後の日曜日、トロントの町は恒例のゲイパレードで大賑わいをする。これは同性愛者たちが繰り広げるお祭りで、数々の行事とともに、午後にはそれぞれ趣向を凝らして飾った150程のフロート(山車)が、町の目抜き通りをパレードして幕を閉じる。

裸すれすれの衣装で美体系を誇示する人もいれば、女装、男装をした人もいる。参加者は必ずしも同性愛者ばかりとは限らない。

政治家や多くの擁護団体、関連機関からも沢山の人が参加する。夏の盛りの一日、お祭り気分を盛り上げて大いに楽しもうとする人々の熱気でムンムンだ。

集客数は毎年百万人以上になり、町の収入に大きく貢献するため市からは助成金が出る。

今年は世界中を恐怖に陥れたSARSの流行で、トロントの町は長い間意気消沈していた。

いつものように羽目をはずした雰囲気が少なく、多少出足が鈍ったものの、それが返ってゲイコミュニティーの結束を強め、例年にもまして町の一大イベントをしっかりと支えたのである。


同性婚
だが今年のパレードが一味違ったのは、ほかにも理由があった。

それはオンタリオ州が同性愛者たちの人権に光を当て、長い間審議されていた「同性婚」の正式認知を承認したからだ。6月半ばの事である。

「同性婚」という言葉は、おそらく日本人にはまだ耳新しいだろうが、これは男女間の結婚と寸ぷん違わない条件で、同性同士が結婚することを意味する。

自分の子供を育てることも、また養子の受け入れも問題がない。すでにオランダ、ベルギー(養子は非承認)では合法化され、カナダは世界で第3番目の国だ。

だが現時点では、まだ国全体で承認されたわけではなく、オンタリオ州とブリテッシュ・コロンビア州のみで婚姻が承認さたことになったのである。

この2つの州では、長い間偏見と戦ってきた同性愛者たちの人権に対する最後の砦を越えたことになる。

それを反映してトロントのゲイパレードでは、幾組みもの新婚ほやほやのカップルが、先頭を切って登場した。

また市役所では休日返上で特別にオフィスを開け、婚姻届受領の便宜を図る粋な計らいもした。

写真(このサイトには掲載されていないー筆者)のイザベル(32)とケリー(25)も、喜びをかみしめながら婚姻届を出したレズビアンカップルである。2人はそろって目が不自由なため、2匹の盲導犬もぴったりと寄り添った。

トロントは今やNYを越して世界で一番多様な人種が住む町で、市民の半分が外国生まれである。宗教も、人々の考えもバラエティーに富んでおり、もちろん同性婚に大反対の人も少なくない。

特にカトリックやイスラム教関係者に多く「社会生活の基盤が崩れる」という。

人それぞれの考えを飲み込みながら、人権先進国カナダの大都会トロントは今日もゆっくりと稼動している。

ゆきのまち通信 2003年9月号




ワイオミング大学の学生マシュー・シェパードの死


2本のテレビ映画
ワイオミング大学のゲイの学生であった、マシュー・シャパードの死を扱った2本のテレビ映画が、先日トロント地域で同日に放映された。

一つは「ララミー・プロジェクト」。もう一つは「マシュー・シェパード・ストーリー」である。
98年10月、当時21歳のマシューが、その性傾向ゆえに、ゲイを毛嫌いする同年代の若者2人におびき出され撲殺された事件は、まだ誰の記憶にも新しいことだろう。

ワイオミングのララミーという街に近い荒涼とした大地にポツンと立つ柵。そこに手首をヒモで縛りつけられ放置されていた死体。余りのむごさに、画面を直視出来なかったという視聴者が多かったと聞く。
後者のTV映画は、カナダの俳優シェィン・ミィアがマシューを演じ、トロントの街やアルバータ州の大自然の中で撮影が行われた。

小柄な俳優ミィアは、殺害されたマシューによく似ていて、その自然体で素直な演技は、ゲイであることに苦悩しながらも懸命に生きるマシューを好演していた。
同じ人間ながら、心の奥底に潜む「憎悪」という狂気に駆り立てられて殺人を犯す人の思いとは一体何か、この映画はそうした問題を提起させずにはおかなかった。

私たちは日常「hate crime」という言葉をよく耳にする。特に北米では、同性愛の人々に対する宗教がらみの嫌がらせ事件は多々起こり、「ゲイは絶対に間違っている!」と言い切る宗教人が多いのは、日本と大変に異なる点だ。

この映画の中でも、殺人犯の裁判が行われた裁判所の回りで、人々が掲げるプラカードには「マシューは地獄に落ちた」「同性愛者は悪魔だ」といった標語が書かれていた。

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人は親を選べないと同じように、またどんな人種に生まれたいかを選択できないと同じように、自分の性的傾向を自分の意志で決めることは出来ない。

私は同性愛というセクシュアル・マイノリティーの人々の問題が、各方面から浮上するとき、いつも心をよぎるのはその子供を持つ親への思いである。
今カナダでは、医療費や遺産相続などの社会保障に関する事柄は、同棲のカップルと同じ扱いを受けている。だがオランダのように正式な結婚や養子縁組は認められてはいない。

本当にじょじょにではあるが社会的地位を確立しつつあるものの、一般的には憎悪やからかいの対象になることが多く、社会的認識を完全に得るには、まだまだ先の長い道のりを歩かなければならないのだ。

たとえ自分では同性愛者としての子供の生き方を認めていたとしても、そうした社会を生きていく我が子の将来を思うとき、普通の親であれば、やはり暗澹たる思いを味わうであろうことは容易に想像がつく。

大方の場合、同性愛者の親は異性愛者である。そのため子供のセクシュアリティーについて、あるいはどのような生活をし、将来についてどのようなことを望んでいるのかなど、親子で話し合うことも少なく理解に苦しむことが多いと言う。

北米の場合には、PFLAG(Parents, Families & Friends of Lesbians & Gays)という親のサポートグループがあり、心の支えになっている。またトロントの場合には、アジア人の親たちが別の組織を作って不定期ながら活動をしている。
日本から来ているゲイの人達は「そんなグループが日本にあったらどんなに親が心強いだろう」と言う。

同じ思いを持つ人々が集まり語ることによって、自分一人が苦悩しているのではないと感じられるのは、とても有意義で心の癒しになることはよく知られていることだ。

そこで私は、そうした親に向けての本をまとめてみたいと、各方面での取材を開始し、出来るだけのインフォメーションを集めている。
自分自身でも友達でもよいが、親子の関係、カミングアウトの経緯(まだ考慮中でもかまわない)、今感じることなど、その経験や思いをシェアしてくださる方の協力をお願いしたい。
もちろん匿名でかまわないので私にメールを送ってくれればと願っている。秘密厳守は言うまでもない。

e-mail : keiko_miyamatsu@fastmail.com


なお付随であるが、OCS NEWSにコラムを持ち、日本で演劇集団「燐光群」を主宰する坂手洋二氏が、一年ほど前に「ララミ・プロジェクト」の翻訳劇の演出をしている。そのときの感想は「日本にはないパターンの作品なので意欲をそそられた。とにかく難しい作品だが、同性愛に対する考え方や宗教など、米国、そしてララミーという町の文化的社会状況が色濃く反映した作品なので、そこをどのように想像力でカバーしていくかに苦労した」と述べている。

OCS NEWS April 12,2002




同性カップルも配偶者
カナダ最高裁法制化


配偶者の定義変更
カナダもアメリカと同様に各州が持つ権限は極めて高く、同じ法律でも州によって大変に異なることが多い。
そんななかカナダの最高裁は、同性カップル(3年以上一緒同居)の関係を、異性間の夫婦、あるいは内縁関係の男女と同じように「配偶者」として扱うということを5月中旬に法制化した。

決定の引き金になったのは、オンタリオ州の元レズビアン・カップルの一方が、相手方に起こした訴訟であった。
保守的傾向の強いアルバータ州などは「もし同様な問題がここでも起きたらその時に対処する」といった姿勢を今のところ見せているが、最高裁の決定となれば、遅かれ早かれ従わなければならないことは明白である。

その訴訟とは、「M」と「H」の代名詞で呼ばれるレズビアン・カップルが10年間の同棲後に別れたとき、「M」が経済的に主導権を握っていた「H」から何の保証も得られなかったため、扶助料の請求をしたもの。
長い闘争の末「M」は勝訴したが、同棲中2人はあたかも平均的男女関係のような間柄にあって、「H」はビジネスを、「M」は家庭を守っていた。「M」はもし同性カップルであっても、配偶者として法律で守られていれば、自分と同じような立場にある者を保護できると考え最高裁に控訴したのである。

今回の法制化によって、別れた後の扶養義務や財産分与、配偶者の死後の法的擁護、健康保険への加入、老齢年金の配当など多方面に渡って法的擁護を得られることになる
オンタリオ州の場合は5月中旬から向こう6ヶ月の間に、配偶者という立場が絡む90ほどの法律の書き換えを行うよう義務付けられたが、カナダ全体となると約1千以上もが影響を受けることになるだろうと予測されている。

しかしオンタリオの公共機関や大手の会社では、すでに各種のベネフィットが導入されている所も多く、またBC州は全国に先駆けて以前から施行されており、ケベック州も5月初旬から法の見直しが進められている。

両刃の刃
当然ながら各アクティビストたちはこの決定に歓喜し、これはゲイ・レズビアンの開放運動の大きな前進であると見ており、今後は同性間の結婚や養子縁組をと鼻息は荒い。

だが6月半ばになって連邦下院では「結婚とは男女の間にのみに成立する関係」と決定ずけ、これ以上の法律の書き換えが行われないよう歯止めを打った。
また喜びの一方では「異性間の男女の場合は関係が深まるにつれて、双方に権利と責任の何たるかを知る社会基盤があるが、同性同士の場合はそのような関係は育たない」と見るゲイ・レズビアンの意見も聞かれ、決定は両刃の刃とも言えるようだ。

反対派
欧米社会と日本社会のゲイ・レズビアンに対する決定的な違いは、日本は芸能人や有名人以外は、社会で問題になるほどに取り上げられもしない代わりに憎まれもしない。しかし欧米では、いろんな意味で市民権を得ているのと並行して、ヘイトクライムに発展するほど彼らを憎悪する人たちがいることだろう。

また宗教団体も基本的には反対の姿勢を示しており(ゲイの牧師を受け入れている宗派もある)、今回の法制化に対し「最も激怒すべき決定」とウエブサイトにメッセージを送っている宗派もある。

一つの法律が変わることによって起こる各方面への波及・波紋は計りしれないが、イミグレーション関係もその一つ。
現在は同性パートナーの受け入れは「人道主義」の見地から入国を許可しているが、今後配偶者として正式に受け入れるにはどのような方法を取るか今のところ定かでない。

またそれを装うカップルにも注意が必要となってくるなど、慎重を要する事項も多くなるだろう。

OCS NEWS Jul.2,1999




ゲイ・プライド・パレード
夏最大のイベント


6月25日
西欧諸国の一体幾つの町でゲイ・プライド・パレードが催されるのかは定かでないが、トロントでも毎年6月の最終日曜日の午後は、街を上げての賑やかなお祭りが繰り広げられ、趣向を凝らした7、80ものフロート(山車)が連なる。

これは夏を色取る最大のイベントで、あの華やかさと賑々しさの右に出るものはめったになく、また同性愛者の票が気になる政治家たちも、こぞってパレードに参加してお祭り気分を盛り上げる。

今ではよく知られていることだがこの行事の起源は、69年の6月にNYのゲイバーだった「ストーン・ウォール・イン」で起こった警察による暴動事件がきっかけで、それが70年代に入り公民権運動に発展し、その後各地で祭典として根付いたものである。

カナダではヴァンクーヴァー、トロント、モントリオールでのパレードが有名で、ちなみに去年のトロント市での人出は75万人といわれている。今年も多数の観光客を見込んでいるが、皮肉なかちあわせは、同じ日曜日にセブンスデー・アドバンティスト教会の集会が、やはり市内で開催される予定で、世界2百ヶ国から5万人の関係者が集まるという。
周知の通りこの宗教団体は、「同性愛は聖書に反しており受け入れられない」とはっきり言い切っているが、双方の組織ともが当日は反対デモなどは計画しておらず、お互いに無視を決め込むそうだ。

毎年のことながら、このパレードでの同性愛者たちのパワーと陽気さを見る限りでは、ゲイはマイノリティーの問題という意識を払拭させるが、これはあくまでも大都会の現象で、地方や特にティーンエイジャーの若者たちは、今でもカミングアウトすることをはばかる人は多数いる。
また同性愛者たちに対しての卑語は幾つもあるが、移民の子供たちが学校で最初に覚える英単語が"fag"というのをみても分かるように、ゲイたちに取っての最大鬼門の一つが学校というのが伺える。

しかしこうした根強いバッシングの反面、徐々にではあっても、彼らの法的権利が拡大している事実は、アメリカの場合最近のバーモント州での「ゲイ市民の『連合』を認める」法案や、先日のワシントンDCで行なわれた同性愛者の権利を求めるミレニアム行進を見ても分かる。

カナダでも去年の5月に最高裁で同性愛者カップルの権利を、異性愛者の同棲カップルと同じにするよう義務付けられたことを受けて、国はその立法化に向けて動き出している。法案は下院を通過し、現在上院での審議待ちであるが、これが通れば今までのように州ごと或は事業所ごとではなく、国全体で同性愛カップルの医療保険、税の配偶者控除、遺産相続などの社会的保障を擁護することになる。

国勢調査
筆者がは初めて同性愛者に関する取材をしたのは、94年に同法案がオンタリオ州で却下された時だったのを思うと、わずか数年の間に国全体がその権利を認める動きになった事に、大きな時代の流れを感じる。

しかし正式な結婚となると、まだ国として容認してはおらず、また養子縁組に関しても個々のケースで許可されているだけだが、これも年月と共に変化して行くだろう。
またこの5月には、来年の春の国勢調査の際に内縁関係として同棲しているカップルに対し、その相手が異性か同性かを問う質問が初めて加わることが決定した。

これは同性愛者に対する権利が今までの、「寛容」から「平等」に移行していることを如実に表わすものである。調査の結果が出ることによって、国内の同性愛カップルの数が初めて把握されることになり、同性愛者が異性愛者と同様にカナダ人の家族形態の一つとして位置付けされる方向に向いていることを意味する。
ゲイ・レズビアンが無視される国勢調査は、片手落ちと思っていたアクティビストたちは、この決定を大いなる前進とみている。

OCS NEWS Jun.2,2000