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「私は日本のここが好き!」 外国人54人が語る
離婚駆け込み寺・住職からのメッセージ
主語を抹殺した男 評伝・三上章
Lonesome 隼人
英語にも主語はなかった
カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想
国際結婚≪危険な話≫
カナダの文学案内
「赤毛のアン」はレズビアン?
バタード・ウーマン
笑われる日本人
「赤毛のアン」の生活辞典


「私は日本のここが好き!」 外国人54人が語る (出窓社 ¥1500+税)
加藤恭子編



聞き書き調査
当書は、『文芸春秋・特別版・私が愛する日本』(06年8月号)に掲載された特集『外国人52人が語る 私は日本のここが好き!』に、新たに2名のインタビューを加え、単行本にしたもので、日本と深く関わりのある外国人54人が、日本(人)について忌憚なく語ったものの総集編である。

編集に当ったのは、現在上智大学コミュニティ・カレッジで、ノンフィクションライターの育成に当たっている加藤恭子さんと言う女性。

取材はインタビュー形式で行っており、彼女自身のほかに、教え子を動員したり、文芸春秋の編集員も参加して、アジア・中東・オセアニア、南北アメリカ、ヨーロッパ・アフリカなど広範囲の人々を網羅しており、出身国は32カ国にのぼる。

彼らは、長いこと日本に居住していたり、帰化して日本人になったり、日本に住んではいないものの、仕事や勉学の関係で日本(人)をよく知っている外国人たちで、年齢は22歳の若者から99歳のお年寄りまでと、多岐に渡っている。

日本人の長所
当然ながら、インタビューされた人々のバックグランド、滞日年数、年齢などによってその意見や思いは異なる。

日頃、とかく物事を斜めに見る人も、ここは一つ素直になって、外国人が感じる日本(人)論に耳を傾けてみるのも悪くない。

まずは彼らが感じる日本(人)の良さを、彼らの言葉をそのまま借りて幾つか拾ってみよう。こうして文章に記され褒められて見ると、何やらこそばゆい感じがしなくはない。

* 謙虚さ、他人への配慮、分を知るなどの美徳の中でも私を特に感動させるのは、日本人の働き方です。社長や総務部長でなくても、ずっと簡単な仕事をしている人でも自分の領域で最善を尽くす。(フランス人)
* 日本の女性について言えば、伝統的に女性の社会的地位が理想的だったとは思わないけれど女性達が果たしてきた役割は実に重要です。地位が向上した今でも、女性たちは優しくにこやかです。男性が時として格式ばり冷たく見えるところを、女性の気配りが救っている。(フランス人)
* 日本人は真面目で勤勉、そして「質」をとても大切にすると思います。社会全体で常にエクセレンスをめざす。自分たちは気が付いていないかもしれませんが、これはとても明白な素晴らしい利点です。(アメリカ人)
* (日本人を好ましく感じるのは)日本人の宗教のなさ、宗教に対する穏やかな態度です。(中略)宗教は時に非常に排他的な作用をします。自分と同じ宗教の人は仲間だが、そうでない人は皆敵だ、という感覚が強くなってしまう。色々な国を旅行して、こういう思いを感じなかったのは、自由国家では日本だけでした。(ハンガリー人)
* 日本には、季節毎の変化に合わせた食事がある。素晴らしい心遣いです。よその国はすべてにもって大雑把ですよね。(チュニジア人)
* 日本人は一人一人が規則を守り、他に迷惑をかけないよう心がけています。自分より他人、周りのことに気を配るのです。だから安心して暮らせる。(ブラジル人)
* 日本には良いところがたくさんあると感じます。美しい四季と温暖な気候、親切心、心のこもったサービス、干渉し過ぎない人間関係・・・。その中でも特に日本人のサービスは世界一だと思います。(中国人)
* 日本のカレーライスやカレーうどんは、すごいものです。どう見たってインド料理じゃない。かといって日本古来の料理でもない。僕からすれば「日印友好親善合体料理」です。日本人が素晴らしいのは、このカレーに代表されるように、何でも外国の文化を自分のものにして受け入れてしまうところです。(インド人)

日本(人)への助言
もちろん彼らは日本(人)に対して、その経験を通して的確に批判もしている。しかしそれは、日本が好きだから、「もう少しこうだったらいいな」という温かい助言である。

* 本屋さんに行くと実によくわかりますが、日本や日本人について、日本人が書いた本が本当にたくさん並んでいます。スイスで「スイス人とは」などと自らの事について論じている本はあまり見当たりません。今日のグローバル社会において、日本は、他の世界と共有するものをたくさん持っているという事実にもっと気づくべきだと思います。日本と欧米の違いに注目するのではなく、類似性にもっと目をむけたほうがいい。(スイス人)
* (職場で)先輩から教えられることが、チームとか組織の人間関係とルールを作り、パワーになるのだと理解しました。しかしときどき「本音と建前」もあります。(インドネシア人)
* 日本のように変化の多い土地から多彩な作物がとれる国では、輸入に頼るのではなく、もう少し自給ということを大切に考えて欲しい。(カナダ人)
* 残念に思うのは、今の日本が西洋化しつつあること。意味の良くわからない外来語が氾濫し、日本語がみだれ、親子関係や道徳が薄らいでいます。(ペルー人)

増える訪日外国人
それぞれが心を込めて語った意見はやはり面白い。
当書に関しインターネットに載っている読後感も「あれがだめだ、これがだめだ・・と暗いニュースが多い毎日につい落込みそうになりますが、この本はそんな私たちを元気付け、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれます」、「日本人であることを感謝したくなる本」とある。

国際観光協会の統計によれば、07年度の外国人の訪日人数は834万9千人で、前年比3.8%増という。
今後とも益々増えるであろう外国人の往来は、日本人自身の目を外に向けさせることに役立つし、ひいては、更なる開かれた国として発展していくための貴重な人材でもある。

「外国人は自分達をどう見ているのか」などという狭義な読み方をせず、思い出させてくれた日本人のよさをさらに培い、悪しきことは是正する、そんなことに役立つ一冊として読んで見たらどうだろう。

Dec 2007/May 2008, 日系の声

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『離婚駆け込み寺〜住職からのメッセージ』 (静岡新聞社 819円+税)
野口ひろみ著



二度の離婚経験
何と“読ませる本”だろうか!

読者が離婚云々に関係があってもなくても、それは二の次と言えるほどに文章が軽快で面白いのである。
もちろん、いま離婚を考えている人にはハウツーものとして役立つし、また離婚を経験した者は、きっと大いに共鳴する事と思う。
さらに加えて言えば、シングルの者は「なるほど、結婚して人と共に暮らすとはこういうことか」と、ある種の教訓やメッセージを受け取ることもできるかもしれない。

著者の野口ひろみさんは、トロントの日系紙「日加タイムス」に離婚に関する連載を五年以上も書き続けている。当書は、連載開始から三年ほどの初期の記事に加筆をしてまとめたものだ。

言うまでもなく著者自身も離婚の経験者である。しかも二回という経歴で、一度は日本で日本人男性と、二度目はカナダでカナダ人男性とである。もしどちらかが二回であったとしたら偏ってしまうだろうが、そこはバラエティー(!)に富んでいるため、その経験が当書を生むことになったのである。

ふと、作家遠藤周作の「人生における経験には一つとして無駄はない」という含羞のある言葉を思い出した。「転んでもただでは起きないぞ!」という著者の人生に対する前向きなバイタリティーも行間からにじみ出ている。

両国の法律の比較
書き出しの序章「カナダへ」では、一度目の離婚後、二度目の夫となったカナダ男性との出会いと、いきさつをあっけらかんと書き、まず読者の興味をそそる。

続いての第一章「ところ変われば、離婚変わる」では、「夫婦が、あるいは、そのどちらかが『別居』を決意するところで幕が切って落とされる」というカナダの離婚劇の始まりから筆を進めていく。弁護士の探し方、財産分与、子供がいる場合の親権、養育費、配偶者扶養費にいたる家族法が懇切丁寧に説明されている。

ここで非常に役立つのは、日本とカナダの離婚に関する法律の違いを出来うる限り比較して書いている点だろう。もちろん中には、書かれている以上に複雑で、かつ繁雑なケースもあるに違いない。だが離婚という大河の流れに乗った場合、その水が一応どのような方向に流れていくかの見当が付き、多いに役立つことと思う。例え日本人同士のカップルの場合でも、カナダで離婚を成立させるなら、カナダの法律に従わなければならないし、まして配偶者がカナダ人であれば当然だ。

そして、紆余曲折の末、やっと離婚できたとしてもそこで人生が終わったりはしない。それどころか、その時点からの一人旅、或いは子供を伴っての新たな生活の第一歩が待っている。

離婚後の立ち直り
  「離婚は婚姻関係を解消することのみならず、今まで描いてきた未来と決別することになる」「もしその別離が望んだものでない場合には、失意からの立ち直りという試練を迎える」と著者が書くように、多くの場合深い傷を癒す間もなく、次のステップを踏まなければならない。

第二章は「自分探し」と題し、負った傷を癒しながらいかに立ち直っていくかを、著者自身の体験や、カナダでの友人、知人たちの実証例なども含めて何のてらいもなく淡々と書いている。例えばサポート・システムの利用法、カウンセリングの受け方などに加え、離婚が子供に与える影響などにも筆が及ぶ。

著者の場合、最初の結婚では娘一人(離婚当時六歳)、二度目の場合は娘二人(二歳、五歳。前夫の娘一六歳)がいたことから、自分が辿った心の過程を嘘偽りなく振り返り、その状況と如何に真摯に向かいあってきたかを記している。

続く第三章は「シングル・ペアレントに捧げる」。「告白ネタには苦労しない」と著者が書くように、ここでも自身の体験が大いに語られるが、二度の離婚をした今の自分を「それなりに居心地のよいわたしの立場を住み家に例えれば、オファーがかからないために、いつまでも『For Sale』の看板を掲げたまま住んでいる家」ではなく、「マーケットから撤退し、落ち着くことを決めた我が家」と評している。

しかし母親であれ父親であれ、今まで二人でやってきた子育てが片翼飛行になれば、どんなケースでも並大抵ではないだろう。それでも著者は、ポジティブ思考で「頑張って生きよう!」という応援歌を、自分にも、またアドバイスを求めてくる読者にも精一杯送っている。著者の今後の活動に大いなる声援を送りたい。

あとがき
11月中旬、トロントのあるレストランで出版記念パーティーが催された時に筆者に短いインタビューを試みた。

S:出版後の反響は?
N:母語で読めて理解しやすいし、生きる元気が湧いたとか、私も頑張ろうと思う、とおっしゃって下さった方が多かったです。でも反面、離婚を利用して、というようなネガティブなものもありました。大体そういう人は本を読んでくれていない人です。

S:ご家族の反応は如何でした?
N:母は、「本にまとめられて改めて読んで見ると、あなたが頑張っているのが分かって嬉しい」というものでした。又一番上の娘は、「かっこつけてなくていい出来だった」と言ってくれました。

S:国際結婚で一番難しい事は?
N:価値観の相違ですね。それにはもちろん言葉の問題も含まれるのですが、言語が違う事によって同じレベルや価値観で物事を話していないことが起こるのです。

S:二度の離婚をご経験ですが、いい出会いがあったらまた結婚しますか?
N:もちろんです。将来を分かち合うのは素敵な事ですから。

S:今後のご計画は?
N:カウンセリングのコースを取ったので、それを生かしてマリッジ・カウンセリングのような仕事をしたいですね。

Dec 2007/Jan 2008 合併号, 日系の声

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主語を抹殺した男 評伝・三上章 (講談社 ¥1700)
金谷武洋著


三上章へのオマージュ

カナダで日本語教育に携わっている者なら、モントリオール大学で日本語の教鞭を取る金谷武洋氏に会った人は多いはず。大学教授といった硬っ苦しい雰囲気は微塵もなく、いたって気さくで、白い歯を見せて破顔一笑すればまるっきりの童顔になる。

だが自分が信じる学問の道には厳しく、大御所を向こうに回しても正しいと思うことには真正面から果敢に挑み、是正を試みるところは、まるで現代版怪傑ゾロといった風情だ。
そしてこの数年はそのゾロよろしく、日本国内の国語学、言語学、日本語教育学界に鋭い刃を持ってぐさり、ぐさりと切込みを入れている。

すでに金谷氏は「日本語に主語はいらない」「日本語文法の謎を解く」「英語にも主語はなかった」の著書を出版しているが、これらはすべて、三十数年前に亡くなった三上章という言語学者の提唱した「日本語の主語は実は主格補語である」という説を深く支持し、それを更に自分流に発展させ継承することを世間に知らしめた本である。

主語がなければ成り立たない英・仏語は、高みから見下ろす自己主張向きの言葉であるとし、それを「神の視点」と位置付け、また主語なしでも通じる日本語を地上の「虫の視点」から話される言語だとする解釈や、英語の基本文が全部主語を持つ動詞文からなっているのを踏まえ、英語の構文を「クリスマス・ツリー型」、日本語の構文を「盆栽型」と解釈するのも実に的を得ていて興味深い。特に英仏日の言語社会で生活する我々には納得のいくことが多いが、詳細についてはこの3冊をあわせて読むことをお勧めする。

そして今回の4冊目は、三上章という言語学者が日本語構文の本質を深く把握し、斬新で卓越した文法を構築したにもかかわらず、生前はその功績を公に認められることは少なく(晩年に文学博士号は授与されている)、薄幸のうちに死んだ人生に光をあて、公私に渡っての生い立ちをつぶさに著すことにより、彼に対するオマージュとしている。

前の3冊と幾つも重なる部分はあるが、モントリオール大学での金谷氏は、日々フランス語を母語とする学生に日本語文法を如何に分かりやすく理解させるかに全力投球しており、三上の編み出した文法がどれほど実践に役立つかを身を持って体験しているのである。「じっさい、私は実用文法として三上文法を越えるものをいまだに知らない」と金谷氏は言い切っている。

分かり易い実用文法
だがそれほど筋の通った実用文法なら、発表されてからすでに半世紀以上も経っているのに、いまだにそれが公に指示されないのはどうしてか不思議に思う人も多いだろう。

一見、鶴を思わせる体躯のこの学者は、東京大学工学部建築学科を卒業したものの、実は人生のほとんどを中・高校の数学教師として送り、いわゆる象牙の党の言語学会界などとは縁が無かったのである。

だが幸か不幸か多くの才能に恵まれ、また興味の対象が広かったことで、日本語文法にも才を発揮し、「現代語法序説―シンタクすのの試み」やロングセラーとして有名な「象は鼻が長い」などを出版している。しかしアカデミックな流れの中での学問発表でないことから、それらの研究は無視され続けていると言う。

その点を金谷氏は何度も鋭く突き、三上の文法論は「英文法追随で保守的な国語学会を批判するものであったから、その歯に衣を着せない批判に学会は不快感を抱き、感情的に反論した」と指摘し「彼らの最大の作戦は何も言わず、答えないことであった。大学で国語学や言語学を教えてもいない素人が何を言う、と冷ややかに黙殺したのである」と結んでいる。

近年これほど日本語を勉強する外国人が増え、その習得に心血を注ぐ人々が多いなか、分かり易い文法がどれほど助けになるかは計り知れない。しかし実践よりも形を重んじる頭の固い学会の学者たちは、おいそれとその砦を崩すことはせず現在に至っているのだ。

金谷氏がいま次々と切り込んでいる刃が、今後どのように学会をかき混ぜ古い血潮を噴出させることができるか、またどのような影響を与え、変化させて行くのかは興味深い。

出版後一ヶ月で増刷された当書は、「序章 三上章を追いかけて」、「第一章 三上文法と出会う」、「第二章 幼年〜学生時代」、「第四章 街の言語学者」、「第五章 晩年」、「終章 時空を越えて」の各章でまとめられている。
まるで一心同体になって兄と共に生きた妹の茂子は高齢ながら健在で、彼女からの聞き取りが出来たことは、「兄・章」の生きた証をいやが上にも浮き彫りにしている。


分業執筆の依頼
最後に、これはまったく私的なことだが、不可思議なエピソードを一つ添えたいと思う。金谷氏がこの評伝を書く準備に取り掛かったのは、もう何年も前のことであるが、いろいろと構想を練っている時期に、私は金谷氏からこの本に付いての展望を聞かされた。そして三上文法に関しての部分は自分が執筆するが、三上の私的な部分を私に書かないかとのお誘いを受けたのだ。

物書きの端くれとしてその申し出は嬉しかったが、どうしても金谷氏一人の執筆を望んだ出版社の強い意向でこの話はお流れになった。

しかし、三上章の直筆の資料などの一部に目を通し、それを整理するなどの機会に恵まれたことは、それなりに貴重な経験だったと思う。

だが、今こうして上梓された本を読んでみれば、出版社が「NO」と言ったのは当然のことと理解する。何故なら金谷氏が尊敬してやまない三上章への深い思いは、私的生活を書くことを抜きにしては語れず、分業執筆は考えただけでも不可能なことである。

まるでそれは、恋焦がれている人に恋文を書く代筆を頼まれたにも似た状況で、いまだになぜ金谷氏からこんなオッファーが入ったのか真意を汲めずにいる。
つくづくシラノ・ド・ベルジュラックにならずに良かったと、今そう思うのである。

April 2007, 日系の声

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Lonesome 隼人(幻冬舎 ¥1600)
郷隼人著



世の中には涙なしには読めないという本が何冊かあるものだ。もちろんどこに感銘を受けどこに感動して涙をそそられるかは人それぞれだが、ここに紹介する一冊の本は、誰もが深いため息と共に人間の業と言うものを感じながら、ひたすら落涙してしまう種類の本である。

題名は「Lonesome 隼人(ローンサムはやと)」で著者の歌名は郷隼人(ごうはやと)。この漢字名を見れば鹿児島出身であることは容易に想像される。
私がこの人の名を知ったのは丁度2年前の夏だった。

小泉内閣のウェブサイト「小泉内閣メールマガジン」に『大臣ほんねとーく』と題するセクションがある。その59号(2000年8月8日付け)に森山真弓法務大臣(当時)が、「国際受刑者移送法」と題して寄稿していたのを読んだ時だった。

これによると森山大臣は朝日新聞の「朝日歌壇」のファンであるが、常連の投稿者にアメリカの獄中から送ってくる郷隼人という歌人がいて「望郷の思いを込めて巧みに短歌を詠む日本人らしい感性に引かれます」とあった。

これに絡めて国際受刑者移送法というものの紹介をしており、2003年6月4日に日本でもこの法律が成立したと記されていた。これは「外国で拘禁刑(こうきんけい)によって服役している者を、一定の条件の下で自国で服役させて改善更生や社会復帰をよりし易くしようという法律」という。

発端はもう20年以上も前の1983年。欧州評議会が外国で判決を下された受刑者の移送に関する条約を結んだことによってほとんどの国が加盟し、また加盟国以外でもアメリカ、カナダなど9カ国が名を連ねていているとのこと。

そこで日本でもこれに参加すべく検討を重ねた結果、国内の刑務所などの受け入れ、また外国人の受刑者の送り出しの規定をもうけ「国際受刑者移送法」が成立したというのである。
私には初めて聞く法律だったが、そこに載っていた「郷隼人」なる歌人の名が気になった。早速インターネットを屈指して調べたが、2年前の状況では、「天声人語」には紹介されたものの、そのほかはポツポツとその名前が浮上していただけで、情報と言えるものではほとんどなかった。

謎めいていればいるほどもっと知りたいと思うのが人の常だが、何よりも朝日歌壇に載ったという幾つかの短歌が深く心に沁み涙なしには読めなかったのである。
それから待つこと1年半近く。彼の歌を愛するある有志によって2003年12月25日に正式サイトがオープンされ(http://www.mt-non.cside.com/hayato/index.html)、今春標記の一冊の歌集を出版したのである。

だがここには郷隼人が殺人を犯したという事実以外、その理由、相手、成り行き、またどのような裁判を経過して終身刑の判決を受け、すでに20年もの間カルフォルニア州の刑務所に服役しているかの部分にはまったく触れられていない。だが私は書かれていないことに返ってほっとした安心感を覚えた。

ただ彼は研ぎ澄まされた感性を磨きに磨き、刑務所の中での生活を中心に、自分の思いをひたすら詠い上げているのである。

一瞬にして人をあやめてしまった罪を消すことは出来ない。悔いても悔いても悔やみきれないであろう日々である事は容易に想像が付く。
歌集は大きな反響を呼び増刷を重ねているというが、いつか「国際受刑者移送法」が彼にも適用されることを願わずにいられない。

詠むほどに短歌の冴えを見せているがここにその幾つかを紹介しよう。

やはり日本の老母を思う気持ちは日に日に増すのであろう、心打つ歌が多い:

* 老い母が独力で書きし封筒の歪んだ文字に感極まりぬ
* 母恋し離れ離れの二十年「おふくろさん」を心で唱いぬ
* 「生きとればいつか逢える」と我が出所を信ずる母が不憫でならぬ
 
獄舎での孤独な日々を詠ったものには:

* 頑なに心の中で抗えど 寂しさという敵(エナミー)手強し
* 限りなく殺風景な独房に林檎一個の華やかなる美
* でかい月 獄舎の上に出現しまた静かなる夜が始まる

日本への望郷の思いはつのるばかり:

* あの山の向こうに太平洋が在る 夕陽のかなたに日本が在る
* もし海を眺めることができたなら 祖国(くに)に向かいてなんと叫ぼう
* 独活三葉山葵筍紫蘇茗荷(うどみつばわさびたけのこしそみょうが)想いつつ食む 獄食スパゲッテイ

2004年12月 日加タイムス



英語にも主語はなかった (講談社選書メチ ¥1500)
金谷武洋著



著者の金谷武洋氏は、モントリオール大学の東アジア研究所日本語科で、長い間仏系カナダ人の学生に向けて言語学・日本語教育の教鞭をとっている。

2002年以来『日本語に主語はいらない』(講談社選書メチエ)『日本語文法の謎を解く』(ちくま新書)と毎年一冊ずつ出版しており、日本語文法の大家として内外に知られている。第3冊目の『英語にもに主語はなかった』(講談社選書メチエ)によって主語三部作を完了した。現在インターネットの書籍販売アマゾン、英語学研究部のランキングで首位を維持している。

著者が全3冊を通して一貫して主張するのは、「日本語には本来主語などはなく述語だけで成立する言語である」と言う点である。主語があると思われたのは、文明開化の際、欧米の文化の輸入と共に、すでに確立していたヨーロッパ言語、特に英語の文法をそのまま使用した結果であると指摘する。

これは著者が師と仰ぐ国語の大家、故三上章氏(1971年没、『現代語法序説』『象は鼻が長い』の著者)の説を受け継ぐもので、すでに40年以上も前に日本の国語文法界に大きな波紋を投げた考えである。

しかし残念ながら以後この説を、アカデミックな世界で体系立てて継承する文法専門家がいなかったため埋没してしまった。いま著者によって新たにその説に光が当てられ、再度日本の国語学界を大きく揺るがす動きになっている。

だが英語ももとを正せば主語のない言語であったという。それを裏付けるために英語学の歴史を掘り起こし、その事実を証明しているのが本著の主軸だが、また英語を「神の視点」、日本語を「虫の視点」から話される言語とする説も実に的を得ていて興味深い。

つまり英語は自己主張向きの言葉で「攻撃的」な要素が多く、「誰かが何かをする」という意味の他動詞を挟んだ構文でできている。人間の行為を積極的に表現する傾向が強く、それは「神の視点」からものを見る言語であるからだと分析。

一方日本語は、ある状況を自動詞中心の「何かがそこにある・自然にそうなる」という存在や状況変化の文として表現し、地上の「虫の視点」から語られる言語という。

豊富な例と共にこの2つの視点が余すところなく説明されている。日本語を母語として英・仏語圏で暮らす我々にはうなずくところが多く、「なるほど!」と納得できる用例も豊富だ。

加えて、英語話者に端的に見られる「神の視点」と、近年のアメリカの政治的、外交的な選択に関連性を持たせ『アメリカよ、どこへ行く』などの章を設け、文化論にまで発展させているのは痛快とさえ言える。
一見言語考察からは離れているように見える事象に、つながりを持たせて広く語れるのは、著者が英仏日を極め、日常でこうした言語に深く接して生活しているゆえだろう。また言語学のみならず広範囲な事柄に興味を持ち、それを深く掘り下げる洞察力があるからでもある。

できれば3冊を通して読むことをお奨めするが、どれ一冊をとっても分かりやすい説明が十分にされており、日本語教育に関係のない者にも容易に理解できる。

ちなみに金谷氏は、2004年度版『日本の論点』(文芸春秋社)の「日本を代表する120人の執筆人」の一人に選出されている。

2004年3月21日 日加タイムス




カナダに渡った侍の娘 ― ある日系一世の回想 (草思社 1600円)
ロイ・キヨオカ著、増谷松樹訳


遠い存在

我々戦後移住者に取って日系一世というのは、正直言って遠い存在である。

しかし去年125年を迎えた日系史を振り返るまでもなく、今私たちがこのカナダ社会で日本人、或いは日系人としてさして問題もなく暮らせるのは、過去の日系一世たちの存在なくしては考えられない。

それは誰でも分かることだが、「さてそれでは一世の人々とは?」とふと立ち止まって考えたとき、一体私たちの脳裏にはどんな言葉が思い浮かぶだろうか?

日系史の初期のころなら「移民船」「過酷な労働」「黙々と働く」「市民権なし」「写真婚」「子沢山」といった言葉が次々と浮かぶ。そして時代が移り、第2次世界大戦に突入した頃になれば「ジャップ」「強制移動」「収容所」「排斥」「家族離散」と言った言葉が続く。残念ながらどれもこれも、決して明るいイメージとは言いがたい。

だがそんな現実に立ち向かい、言葉も習慣もまったく違った新天地で貧しさと戦いながら、この時代を何とか生き抜いた一世の人々は、果たして「不幸」で立ち行かなかったのかというとそうばかりとは言い切れないようだ。

人間ってそう簡単にはくたばらないものなのだ――そうい思いを抱かせてくれるのがこの「カナダに渡った侍の娘」である。人はどんな環境に置かれても、その周りを見回しながら何とか生きる道を模索し、生き抜く英知を生み出すものなのだと言うことをこの本はしっかりと教えてくれる。

周知の通り今までにも移民一世の人々のことを書いた本は何冊かあった。

それなのに、「今また何故もう一冊?」との思いはあっても、読み終わってみると、こうした本は何冊あっても無駄ではないということを確信させられる。

なぜならその歴史に消えた人々は、必ず次の世代に何かを残し、その残されたものを受け継いで人々は生活し、流れた長い年月の折り重なりの末端に今の時代があることを教えてくれるからだ。

特にこの本は土佐の侍の娘であった女性が、結婚でカナダに渡り、7人の子供を育て上げた後100歳まで生きたものの、最後まで父親から受け継いだ武士道の精神を失わずにいた点が読者の興味と関心を呼ぶ。


侍の娘
この本は主人公であるメリー・キヨシ・キヨオカが書いたものではない。著者はメリーの次男で、60年代には一世を風靡した画家であり、詩人、ミュージシャンであったマルチアーティストのロイ・キヨオカ氏である。

彼は1965年にサンパウロ国際ビエンナーレで銀賞を受賞し、1969年には大阪万博のためにカナダ館の彫刻を制作し、78年には日系文化人として初のオーダー・オブ・カナダを受賞している。

そのロイが幼いときから何度となく聞かされた“侍の娘である母の生い立ち”を書いたのが原書「Mothertalk」である。

だがその本が生まれるまでには、陰で橋渡し訳として協力を惜しまなかった友人の増谷松樹氏の存在がある。よく知られるように耳から習った一世の英語はおぼつかないし、両親の語る言葉から習った2世の日本語もまた怪しい。

そのギャップを埋めたのが増谷氏で、彼はまずメリーの土佐弁の話を12本のテープに録音して起こした後、日本語の読めないロイのために粗く英訳した。それを元にロイが言葉を紡ぎながら著したのが原書であり、さらにそれを日本語訳したのが増谷氏である。

私は原著を読んでいないが、出版後は「比類のない傑作」と絶賛されたということだ。だが残念ながら、ロイはこの原書の刊行を見ることなく、母メーリーよりも2年早く94年に68歳でこの世を去っている。


含蓄ある言葉
決して平坦ではない人生の辛苦をなめた先達が語る言葉からは、その思いがにじみ出る幾つもの含蓄のある言葉が聞けることが多い。当然ながらメリーもその一人で、本書のそこかしこかにそうした言葉がちりばめられている。幾つかを拾ってみよう。

「あたしの価値観は父から教わったもの、それをそのまま実行しているだけ。価値観は自分でつくりだすわけにはいかないし、買うわけにもいかないよ。自分の行動が全体の一部になることを知りつつ振舞う仕方よ」

「何が母親から娘に伝わっていくか、これといってわからないけれど、日常の行動のすみずみまで影響される」

「一目ぼれというわけじゃなかったよ。昔はね、恋なんてケーキのアイシングみないなもの、ケーキ自体ではないというわけよ」。

「あたしの生活は節約の連続だったけれど、お金では幸福を買えないことを知っていたから、別に不服はないよ。一世のなかでも苦労したことをおぼえていない人もいれば、日々の生活の中での小さな行いの輝きが大切だと信じている人もいる。ものごとの真の姿がちゃんと見えるようになるにはずいぶん年月がかかる」

100年もの人生のなかでは多くの仲間の悲しい死にも出会っている。

「あたしがカナダに来た頃、写真花嫁で来た人をよく知っていた。やさしい、いい人だった。その人が言うには、夫なる人を最初見たときは気に入らなかったけど、目をそらさずにじっと見入るその目を見つめていたら、引き返すわけには行かないと悟り、承知したという。

結局は子供を6人産み、立派な家族をつくりあげた。最後はガンで亡くなったけど、病院に見舞いにいったら『ああ、灰になったら、故郷の山に帰りたい、帰りたい』って、そのことしか頭になかった。あの気持ちが痛いほどよくわかる」

「ああまだあの時代のことをおぼえている人がいるってすごく喜んで再会を約束したけど、その後は姿を現さなかった。一世はみんな夏のせみのようにどんどん死んでいく」

また自分たちの力ではどうすることも出来ない戦争という現実。生まれた国を後にしながらも、祖国日本の政治的姿勢に翻弄された日系人の悲しみは想像に余りある。

「日本がパールハーバーを爆撃して、新聞が日本人を『ジャップ』と呼び始める頃になると、近所付き合いにも支障が出てきはじめた。あたし達を避ける人々もいたし、道で会っても、あいさつもしないでそっぽを向く人も出てきた。何と言ってもショックだったのは、子供たちが涙を浮かべながら学校から走って帰ってきて、理由もないのに仲間はずれにされると泣かれたことだった」

「パールハーバーそしてヒロシマ、多くの一世たちは屈辱に喘ぎながら、仕方がないと言いながら、ずたずたになった生活を立て直した。抑えられた怒り、苦痛のことを思うと、補償は小さな慰め。破られた移民の夢はいくら金を積んでもあがなえない。日系人が補償されるなら、政府はあの屈辱的な人頭税を支払わせた中国系カナダ人も補償するのかしら。それにあたしたちよりひどい扱いを受けたネイティブの人々の補償はどうなるのかしらね」

苦境の中での楽しみは子供の成長で、自分が生きた歴史の証しは子供たちへの思いに託す。

「一世の女性たちにとっては、子供だけが豊饒の徴、これがわかるかい?」

「パーク・メモリアル教会で74年に行なわれたパパ(夫)の最後のお別れの式典で、みんなを前にして、牧師さんがパパのことを話した。パパの生涯は、多くのアジア人の移民者と同じように楽なものではなかったけれど、7人の子供を持ち、その子供がぜんぶ立派なカナダ市民に育ったのは非常に幸運であった。牧師さんは、パパの家族や友達の前でそういった」

だが苦労が報いられずに生きた人たちもまた多かった。おそらく一番悲惨な生き方をしたのは、苦界に身を落とさざるをえなかった女性たちだろう。メリーの思いはそんな女性たちにも及ぶ。

「あの頃は周旋屋に騙されて売春婦になった若い娘がたくさんいた。はした金といく先の住所だけを渡されて船に乗せられた。〜中略〜 子沢山で食べるものが足りないから、若い娘が商品になってしまう」

「大金が稼げるからって言われて連れてこられて、来てみたら帰ろうにも帰れない。一度入り込んだら、恥ずかしくて何処に行くところがないから、死ぬまでそこにいるしかない。そこで働いていたとても綺麗な日本の人がいたけど、身体が腐る変な病気をうつされた。醜くなっていく自分に耐えられず、最後は売春宿に火をつけて不幸に終止符を打った」

こうして生き抜いてきた多くの移民一世たちの過去を、今カナダに住む私たちは決して忘れてはなるまい。

March 2003, 日系の声




国際結婚 《危険な話》 (洋泉新書 ¥720)
関陽子著


新書版にふさわしい
私がこの本を知ったきっかけは、トロントの某日系紙に載ったからだが、その書評を読んだ時は、正直「また国際結婚の話か…….」という印象をもった。

この手の本はもうすでに沢山出版されており、事実私の本箱にも、国際結婚という言葉が背表紙に躍る本が何冊かある。

その多くは幸せな国際結婚をしている日本女性が、自分の成功物語とともに、見たり聞いたりした廻りの成功例や失敗例を書き連ねていたり、文化、言語の違いによって生じる問題点を、如何に克服すべきかについて書かれていたりする。

また中には法律的な助言を添えたものから、唐人お吉にさかのぼる国際結婚の歴史に触れたものまである。

正直この手の話題には少々食傷気味と言う気持ちはあった。また「危険な話」という題名が何か謎めいていて、それによって読者の興味をそそろうという感じがしなくもなかった。

だが、実際に本を手にして読んでみると、どうしてそうした先入観とは裏腹である。著者はジャーナリストとのことで、綿密な取材や調査のあとが伺え、また自身の日本・米国・カナダでの居住体験が多いに役立っている。文章が簡潔で分かりやすいことが、説得力を持たせることに成功しており新書にふさわしい内容だ。

今日本では若い女性たちの間で、国際結婚が“ステイタス”にまでなっているという。著者はその現状を肯定も否定もせずに冷静に受け止め、各方面からその現象にメスを入れる。

そして題名通り、ダークサイドの国際結婚に関する“危険な話”の幾つかを紹介している。それは国を越えてのこじれた離婚話であったり、子供の誘拐の話であったり、財産をすべて取られてしまった話であったりする。

もちろん夫婦あるいはパートナーと日常生活を送っていれば、相手が同国人であろうとなかろうと、諸々の積み重ねの日々のうちには各種の問題が起こる。

だが相手の国籍、宗教、言語、慣習といった社会的バックグランドが違った場合、ひとたび問題が起こったとき、簡単には解決できないことにもなりかねない。その点に著者は警告を発するのだ。

当然ながら国際結婚は“憧れ”だけで成立するものではないことに及んで、若い女性の国際結婚にたいする安易さにも同じように注意を促す。どの章も今の日本のある側面を映し出して興味深い。

「男の軽蔑、女の憧れ(国際結婚への“偏見”)」を語る部分では、日本における国際結婚に対する男性と女性の受け取り方の違いを解きほぐす。

「日本の女性はなぜ騙されやすいか(「ナイーブの落とし穴」)」では、テクノロジーの発達によって世界中の人々と簡単に知り合えるチャンスが出来たことにも言及する。

国際結婚斡旋ビジネスの話もあれば、白人ルーザーの天国かと思わせる日本の現状も報告。

また最後には、著者の感じるトラブル回避のために知っておくべきルールとして「異文化社会の正しい歩き方」や「彼が日本人でも結婚するか」といった章も設けている。


自分の夢を娘に
昨今の国際結婚という現象で私自身が少なからず驚いている事は、若い年頃の娘を持つ日本の母親たちが「自分に出来なかったこと」を実現しようとしている、或いはしている娘を多いに応援していることだ。

母親が外国生活を体験したわけでもない。若い時に国際結婚の可能性があったわけでもない。また現在の日本の生活も外国人とはほとんど関係がないものの、娘の国際結婚にひどく夢中になっている例に遭遇することが多くなったのである。

例えばワーキング・ホリデーで当地に来ている若い娘さんが母親に、「日本には戻らずそちらでいい人を見つけて国際結婚しなさいよ、と言われるのですよ」と。

ちなみに、トロントにある移住者の子供向けの日本語学校の一つでは、ダブルの子供たちが80%を占めている。


著者は1961年兵庫県西宮出身。音楽雑誌の編集を経てフリーランスライター・ジャナリストに。89年NYに移住。93年よりカナダのモントリオールに在住。『新潮45』ほか雑誌に寄稿し、90年よりNHK『ラジオ深夜便』の海外レポートも担当。出版映像企画、コーディネーションなどの仕事も手がける。

申し込み:page intercultures, inc.
C.P. 67067
St.-Lambert,Quebec,J4R 2T8

March 2002,OCS NEWS




読書の秋 ―カナダ文学案内―


「秋の夜は熱き紅茶にビスケット」―昔どこかでこんな句を目にしたのを思い出す。読み人は覚えていないが、めっきりと寒くなった夜に、一杯の熱い紅茶とビスケットをそばに置き、読みかけの本のページを開ける......。本好きにはこれ以上の至福の時はないだろう。 9月11日以来心騒ぐ日々ではあるが、時は晩秋。読書の話題をお届けしよう。

《シカゴに見習う》
トロント市はこの夏の終わりに、市民に向けて素晴らしい提案をした。
それはシカゴ市が最初に始めた「One Book, One Chicago」というアイディアを真似ようというものだ。

今アメリカでは、多くの他の街(NYのロチェスター、イリノイのスプリングフィールド、アイダホのボイセなど)でも実践されているもので、トロント市にもこの企画を誘致しようというのである。
これは市が年に一回一冊の本を選び、市民が率先して同じ本を読むという読書啓蒙運動だ。そして選んだ本の著者や物語に関して、子供も大人も学校やそれぞれのコミュニティーで勉強し、各種のイベントを通して、更に知識を深めるというのを最終目的にしている。

すでにシカゴ市(今年の推薦本は「カッコーの巣の上で」)からは、ライブラリアンを招き、各図書館のサポートを得て下準備が始められた。
もちろん子供にも大人にも興味を持たれる本をたった一冊選ぶのは容易ではない。しかも出来るならカナダの文学となると、さらに難しく意見が分かれるところである。

いろいろと突破しなければならない問題がまだ沢山あり、この秋の企画開始にはならないが、関係者たちは来年に持ち越しても必ず実行したいと願っている。

《マーガレット・ローレンス》
成人向けのカナダ人作家といえば、女性ならマーガレット・アットウッド、男性なら「English Patient」で一躍有名になったマイケル・オンダージではなかろうか。彼はスリランカ生まれの詩人でもあるが、英語の言葉使いの美しさには定評がある。
その他に忘れてならない作家に、マーガレット・ローレンスがいる。
私的なことになるが、私の92歳の義父は若い頃は牧師であったが、同時に数冊の詩集を出版している詩人でもあり、また鋭い切り口の文芸評論家でもあった。
長年居を構えている、ウィニペック市で発行されている“フリー・プレス"という新聞は、1960年代初頭から70年代後半にかけて、読書欄が特に有名で、そこでの書評は全国に渡って影響を及ぼす力を持っていた。インターネットなどのない、新聞というものが全盛だった時代の話である。

義父がそこの編集長を務めていたのも丁度そのころで、在職中に書いた書評は数え切れないが、中でもこの国が誇る文学者マーガレット・ローレンスの才能をいち早く認め、世に送り出す手助けをしたいきさつは、カナダの文学史に残る出来事である。
彼女の作品はとても地味だが、60年代の文学を代表する作家の一人で、特に「石の天使(The Stone Angle)」が有名だ。日本語にも訳されているが、主人公の90歳の老女が、過ぎし日の思い出をモノローグ形式で語る筆の運びには、見事な冴えが光る。

彼女の文学界での位置付けは、「出身地の中央平原の地域性に焦点をあて、人間としての普遍的なテーマを扱った作家」となっている。だが実は、若かった折に暮らしたアフリカでの体験を書いた「This side Jordan」が処女作である。残念ながら余り知られていない。 この作品は、まだ未知の部分の多かった60年代のアフリカ大陸の人々や、その生活、文化、社会を知る上でとても貴重な作品である。

この原稿を読んだ義父は、その並々ならぬ文章力をすぐに見抜き、新聞社の書評欄から世に送ることに心を砕いた。しかし当時誰も彼女に注意を払う者はいなかった。
義父は才能のあるカナダの作家が、陽の目をみずにいることを惜しみ、作品を書き上げるたびに丁寧に読み込み、書評を書いて励まし続けた。

その後、「石の天使」がアメリカの出版社の目にとまり、一躍名が知られるようになったのは皮肉である。
1987年にアルコールが原因で、わずか61歳で亡くなったのはまことに残念なことだ。

Nov.2001,OCS NEWS




「赤毛のアン」はレズビアン?


文学教授が学会に提出
カナダといえば「赤毛のアン」。「またか!」といわずにまあ耳を傾けて欲しい。今回は「アンはレズビアンでは?」ということをまじめに語る学説の話である。それはこの夏、キングストン(トロントから車で2時間余り東)にあるローヤル・ミリタリー大学のローラ・ロビンソン英文学教授が、「親友:モンゴメリー文学に見るレズビアン傾向」と題する研究を、ある学会に提出したことで話題になった。

この手の文学論争は今回が初めてではないものの、やはりある種の波紋が広がったことは確かだ。周知のとおり物語自身はフィクションだが、教授は主人公アンの言葉や行動には、レズビアン的傾向が数多く見られると指摘する。作家モンゴメリーは、世間的に認められない女性同士の愛の存在を隠蔽するために、無理にヘテロ(異性愛)の世界に登場人物を押し込めて、どの物語のエンディングも主人公は、理想的な男性と結ばれる結末にしてあるという。教授が掘り起こす幾つものエピソードは、まず「赤毛のアン」の中で大の親友として登場するダイアナ・ベリーとの関係。

ある日お酒とは知らずにダイアナがラズベリー酒を飲みすぎて泥酔する事件が起こるが、このあとアンは育ての親マリラに「私は本当にダイアナを愛しているわ。彼女なしにはもう生きていられないの。でも知ってるの、彼女は大人になったら結婚して私から離れていってしまうわ」というせりふ。

「アンの幸福」では先生になってからの職場の同僚に、キャサリーン・ブロックという頑固な女性が登場するが、その関係はサドマゾ的なものをうかがわせるものがあるという。浅黒く日焼けして声はまるで男のような教師に、アンが「キャサリーン、貴女がそれを望んでいるかどうか知らないけど、今貴女に必要なのはお尻をたたくことね!」という言葉がそれを暗示すると。

また「アンの夢の家」では、彼女が絶世の美人である隣人、レズリー・モアを初めて見た時の形而上的な驚きを指摘。そして「レズリー、貴女には他の誰にも感じられない何か特別なものがあるの」というアンの言葉に続くその後の会話や、アンの赤ん坊をほめる場面などが異常なほどセクシュアルだともいう。

さらに教授はアンの養い親になるマシューとマリラが、子供がいない夫婦ではなく、独り者の兄と妹であることにも同じような視点を注いでいる。

憤慨する人々も
こんな文学の捉え方を「信じられない!」と憤慨しているのは、やはりアンの物語によって大西洋の孤島が、世界的に知られるようになったプリンス・エドワード島の人々。視聴者参加のラジオのトークショーなどで、ケンケンガクガクの論議がしばらく続いた。

牧師の妻であった作家が、子供むけの物語にそんな社会的な問題を加味したとは考えられないとか、作家が自分の私生活をも危うくするような社会規範に触れる微妙な問題を加えるわけがないと言う人は多い。

このリヴィジョニズム(修正主義)の考え方を、PEI大学のモンゴメリー研究所副所長のデオドリ・ケフラーさんも「ひどく馬鹿げている」と見ており、「20世紀初頭に書かれた文学を21世紀のレンズで見るのはフェアではないわ。言わせておけば」と余り取り合わないようすだ。モンゴメリー夫人が残した膨大な日記には、1930年代にイソベルという同性愛の女性から送られた、

熱烈なラブレターや贈り物に、露骨な嫌悪を示したことが記されている。その後90何歳かになった当の女性を、インタビューしたことのあるグエルフ大学(トロントから車で西に1時間余り)のメアリー・ルビオ英文学教授は、「彼女は同じ思いを感じていない女性(ひと)に心を打ち明けて受け入れられなかったことで、悪いことをしたという気持ちを持ったようだった」といい、同性愛云々のセオリーを「人は一つの考えに取り付かれると、すべてをそうした目で読んでしまうのでしょう」と批判する。

ロビンソン教授の研究は、もしモンゴメリー文学に精通していれば、作家の人となりとの辻つまのあわない視点が明らかで、もしかしたら単に学会をかき回すのが彼女の意図だったのか、とうがった見方をする人もいるようだ。


OCT.2000 OCS NEWS



バタード・ウーマン 《虐待される妻たち》 (金剛出版 1600円)
エレノア・E・ウォーカー著 穂積由利子訳


本の標題である「バタード・ウーマン」という言葉が、現在どのくらい日本語化した言葉になっているのか定かでないが、副題の「虐待される妻たち」を見れば、英語の意味は容易に理解できる。
原著はアメリカの精神療法家のレノア・E・ウォーカー博士によって79年に書かれたものであるが、去年(96年)の暮れに日本語訳が出来上がり出版された。現在の日本の精神医学の第一人者であり、ウォーカー博士の友人でもある斎藤学医学博士が出版に当たって監訳しているが、翻訳はトロント在住の翻訳家、穂積由利子さんが行った。 すでに原著が書かれてから18年という年月が経っている本だが、今だにアメリカの精神療法家たちにとっては、必読文献の一つになっているという。

その理由はウォーカー博士が、協力した多数のバタード・ウーマンたちから得た幾つもの臨床例を通して、彼女たちの心理から始まり、身体的、 性的、 経済的、社会的虐待状況を細かく報告し、詳細な説明を加えているからだろう。そして何よりもそうした状況下にある女性たちが、そこから抜け出る方法論をいろいろな立場から考察し、新しい明日に向けての生き方の示唆を与えているからに違いない。

しかし内容が18年という時代的落差をほとんど感じさせないということは、とりも直さず、18年後の今もまったく同じ理由で苦しむ女性たちが後を断たない事を意味しているわけだ。
非常に残念でゆゆしき現状ではあるが、現実問題として我々はそうした事件を日常よく耳にする。

あのおぞましいトロントでのレイプ殺人事件で、終身刑になったポール・ベルナルドの共犯者カール・ホモルカが、バタード・ウーマンであったことは広く知られている。今だに裁判の続くOJシンプソンの殺された妻ニコールも同様であったし、もう3年ほど前になるが、夫の性器を切り取った事件で起訴されたロレーナ・ボビットも、元アメリカ海兵隊の夫から言葉と身体的暴力によって虐待され続けた妻であった。

また去年4月カルガリーで裁判になったドロシィ・ジョウドウリィの場合は、別居中の夫に対する殺人未遂事件が裁判の内容であったが、別居前の夫婦関係が分かるに連れて暴かれたことは、彼女もまた過去に虐待妻であった事実である。(付随ながら最近のある統計では、女性への暴力は、男性への暴力の6倍。また殺人事件での女性被害者の30−40%は夫などを含めた親しい男性の手によって行われ、その逆は3%である)。

もしも幸いなことに、今あながたが夫やボーイフレンドによる身体的、精神的虐待虐待下に置かれていなかったり、そうした女友達を回りに知ることがなかったら、それは実に幸せなことと言えるだろう。
だが問題は、実際に虐待を受けている女性たちは、多くの場合自分のその「大問題」を決して人には話さないという点にある。例えば「あの女性はバタードウーマンであるらしい」と回りの者が分かっていても、犠牲者の女性自身は外部の人に語ることを避ける。それは家庭内の「恥」は人に言いたくない、知られたくないという人間共通の思いから来るもので、当然ながらこの北米社会も例外ではなく、それによって家庭内の問題がますます孤立化して行く。

では何故男性に殴られ、蹴られ、放り出され、刃物や銃で脅され、気を失い、アザができ、骨を折られ、最悪の場合は殺される可能性もある危険を含んだ環境にいながら、バタード・ウーマンはそこから抜け出す事が出来ないのだろうか? そうした問題を抱えていない人に取ってはここが一番理解に苦しむ所である。

本書ではこの点について、幾つもの臨床例をとおして各方面からの説明がなされている。もちろん個々の異なった事情があるので、一口でその理由を説明することは出来ない。しかし問題が起こる男女のあり方を見ると、一般的にいってその関係が尊敬と信頼の上に立った、柔軟で健全な形の「相互依存」ではない場合が多い。虐待する側とされる側とが極端に「共依存」している不健全な間柄で、そのためにお互いにその状況から抜け出るのが極めて難しいようだ。

またバタードウーマンに共通する性格として、自己評価が低かったり、女性の性的役割について固定観念をもっていたりが挙げられるが、一方男性の性格としては男性至上主義で、家庭における男の性的役割を強く信じていたり、女性と同じに自己評価が低く、ストレスでお酒を飲みバタラーと化す例も数多く提示されている。

しかし複雑なのは、例えば両方に共通する「自己評価が低い」という性格にしても、それなら社会的地位があり、高収入があればバタラーにならないかといえばそうではなく、医師、弁護士、科学者、会社役員といった人々の中にも暴力を振るう男性は多い。またバタード・ウーマンの方も心理学者、医師、実業家、政治家といった高いキャリアを持っている女性や、博士号取得者までいたりと極めて広範囲である。一般の人が想像しがちなステレオタイプな女性像、つまり"教育の低い貧困層の女性"という考えは決して当てはまらず、人種などにも関係がないと臨床例が示すのは興味深いところだ。

本の巻末に斎藤博士が示す日本での例も読むに堪えない程すさまじいもので、日本ではセクハラと同じようにこうした問題が社会的にそれほど重要視されず、まだ「痴話げんか」で済まされてしまうことが多く、余り語られない問題だけに逆に日本社会での根の深さを想像させる。

原著が18年前のものという時代落差を感じさせないと前述したが、一つだけ当時と違う事は(この本がきっかけになったとのことだが)、北米ではそうした環境にある女性が独り立ちしたいと思った時に、手を差し延べてくれる機関が出来た事だろう。

読者の中には昨年の夏のトロント・スター紙が特集した「HITTING HOME」を覚えている方も多い事と思うが、これは137件の女性に対する暴力事件を、約10ヶ月の間トロント・スター紙が独自に追跡してまとめた特集記事であった。大変な反響を呼び普段は隠れている家庭内の問題を浮き彫りにしたが、この記事が引き金になりノース・ヨークでは配偶者暴力専門の部署を裁判所内に設ける事が出来た。

しかし反面このハリス政権の大改革によって、こうした方面への援助が減少しており、また日系社会のなかでの問題解決に手を差し延べていたJapanese Family Servicesの閉鎖も誠に残念なことである。
本書は12年の刑を受けたカーラ・ホモルカが、入獄してすぐに友達に当た手紙の中でくしくも触れており「これを読んでくれれば私の心理を理解してもらえると思う」と書いた。
この分野の専門家たちに必読の本ではあるが、一般の人も「人間という複雑な生き物」の心理の一端を解する上で一読をおすすめする。

最後になったが、翻訳をされた穂積由利子さんの努力を大いに賞賛したい。ともすると目を閉じてしまいたい個所も多い内容だけに、この手の本の翻訳の難しさが計り知れる。 斎藤博士も書かれているように、この日本語訳が日本におけるバタード・ウーマンへの理解をより本格化することになるよう心より望みたい。


翻訳者、穂積由利子さんに聞く
*心理学の分野の翻訳に興味をお持ちのようですが?
 もともと翻訳者になりたいと思っていました。30歳後半当たりから女性としての生き方を考えるようになり、女性の心理に関する本をかなり読みました。この本の監訳は精神科医の斎藤学先生ですが、先生はアルコール依存、児童虐待、過食症、拒食、バタード・ウーマンなどに取り組んでおられ、バタード・ウーマンのシェルター作りや自助グループを援助するなど活発に行動されています。
実は夫の同級生でもあるのですが、是非お手伝いしたいという事でこの仕事を始めました。去年やはり先生の監訳で「変化への戦略、暴力から愛へ」(誠信書房)が十月に出版され、最近三冊目の「フェミニズムとアディクション」(邦題未定)(日本評論社)を訳し終わったばかりです。

*バタード・ウーマンは新しい問題ではありませんね。
 そうですね。先日もカナダで初めて女性将校になったサンドラ・ペロンが、女性であるためにいじめの対象になったことがニュースになりましたが、暴力はどうしても弱者に向けてふるわれるのです。でも昔と違って今はそうした問題が公に語られるという点で一歩前進と思っています。

*バタード・ウーマンは本人が話さない点が問題ですが...
 確かにそうです。でもこれはいじめも同じですが、後の報復を恐れて虐待されている人が真実を語る事はとても難しいと思います。
 また翻訳して分かったのですが、ウォーカー博士のいう「学習性無力感」に陥る怖さをしみじみ感じました。つまりいったんコントロール不可能な状況を経験すると、また同じ事が繰り返されてもそれに反応しようとする動機が損なわれてしまうことです。これはマーティン・セリーマンという心理学者が犬で実験したのですが、檻に入れ電気ショックを与え続けると最初は逃げようとしますがそれが不可能と分かると自発行為をやめ、服従的になり、受け身で従順になります。
こうなると、檻のドアを開けそこから逃げられることを教えても、受け身のままでショックを避けようともしなくなります。バタード・ウーマンも同じで、虐待が続き自分でコントロール出来ないと自覚するとその状況から抜け出せなくなってしまうのです。

*暴力のサイクル理論も興味深いですね。
 はい。それはウォーカー博士によると、第一相の緊張の高まり、第二相の激しい虐待、第三相の優しさと悔恨、そして愛情という三つの明確なサイクルからなっています。カップルによって一つの相に留まる時間やサイクルの期間は異なるようです。
 第一相では、女性はさまざまな方法でバタラーの怒りがエスカレートし緊張が高まるのを防ごうとしますが、この間に小さな虐待が起こる場合も多いのです。そして第二相では、緊張の高まりにコントロールが効かず激しい暴力行為が起こります。第三相では、バタラーは自分の行動を反省し許しを乞い、贈物などと共に2度と暴力をふるわない約束をします。でも問題なのは女性がこの時の姿を本当の彼であると信じて愛情を感じ、再度一緒に生活しようと思ってしまうことです。こうして第一相に戻りこのパターンが繰り返されます。

*余りに凄まじい臨床例も多く翻訳に苦労されたのでは?
 確かに涙が止まらなくてワープロが打てなかったこともありました。また読んで真似をする人が出る事も恐れました。でも傷口は見なければ手術出来ませんから、皆に見せる必要があると思うようになりました。この本が日本のバタード・ウーマンの手助けになる事を心から願っています。

1997年2月21日 日加タイムス Feb.28,1997




書評:「笑われる日本人」
ニューヨーク・タイムスが描く不可思議な日本人(ジパング編)


アメリカで読む日本の記事
日本語の題名を見ただけではすぐにその内容を把握するのは難しいが、小見出しや英語のタイトルと併せてみると「ははーん」と想像がつく人も多いだろう。
つまりこの本は、アメリカで報道される日本や日本人のイメージ作りをする報道関係者、詳細に言えば、特派員として東京に送られているニューヨーク・タイムズ紙の記者たちが書く記事が、如何に偏見のあるものが多いかを多方面から分析し、加えて、日米関係に詳しいジャーナリスト(筑紫哲也、トム・リードなど)や学者たち(上野千鶴子、キャロル・ブラックなど)がそれぞれの立場から、日米双方のジャーナリズムについて意見を述べているのである。

問題とした取り上げているのは、95年2月から東京支局長になったニコラス・D・クリストフ氏と、やはり同紙の特派員で彼のパートナーでもある中国系アメリカ女性のジャーナリスト、シェリル・ウーダン氏が書いた幾つもの記事である。

中でも特に日本人や日本を知るアメリカの人々を不快にする記事10本(一本はアンドリュー・ポラック記者)は、通勤車内での痴漢、水子地蔵、戦争体験、バービー人形、レディース・コミック(女性向けマンガ本)、ロリコンなどを取材したもので、日本の社会や文化現象に焦点を当てて書かれたものが主体である。

我々カナダに住む者にはニューヨーク・タイムズは手に入りにくいが、全国紙のグローブ &メール紙が、時々記事の転載をするので、その内容と共にクリストフ/ウーダン両記者の名前を記憶しいる人も多いかと思う。

もちろん日本人としてアメリカに住み、特にお膝元のニューヨークにいて、アメリカ人の特派員が書く日本からのリポートを読むのと、カナダでそれを読むのとでは自ずと感じ方が違うのは否めない。だが記事の内容が何であれ、その書かれたものにどれほどの洞察力が見られるかにおいては、同じ視点に立って観察できる事と思う。

しかし残念なのは、非常に幅広く各層の人からの意見やインタビューを試み、この本自体が驚くほどに厚みのある内容になっているにもかかわらず、紙面の都合とは思うものの、この10本の記事の英語の原文が載っていないため、読者が自分でその内容を把握し判断する事が出来ない事である。

だが出版元のジパングの編集者たちが試みる分析は、それぞれに的をえており、なぜ記事の内容に意見を申し立てたいのかがはっきりしていて分かりやすい。両記者が、日本の社会現象を捉える時のバランス感覚の欠如や勘違い、時代錯誤的な考えを突き、日本を一枚岩と見る底の浅い観察にも苦言を呈しており、加えて日本女性を小馬鹿にしたような記事も多いと指摘している。

しかし一方では記事にかかれている耳の痛い日本批判や、日本の特派員も同じように陥り易い問題点にも触れているのは、本の内容に均衡を保ちたいとの編集姿勢が現れており反省の良い材料となるだろう。
ちなみにジパングの編集者たちとは、NYで同名の日系コミュニテイー紙を出している11人のグループで、彼らはジャーナリスト、学者、翻訳家、映像作家、写真家などを生業とする人々である。

世界のニューヨーク・タイムズ
特に注目すべきことの一つとして記したいのは、本の中でも何回も指摘されていることだが、書かれた記事の信憑性について読者はもちろんのこと、当の新聞社の編集部でも調査する手だてはないという点だ。

統計や数字などが入る経済的なニュースは別として、社会や文化的な内容の記事は、言ってみれば記者の胸一つでどうとでも書けるのだ。取材によって何を感じ何を大事と思うかが、外国に駐在する特派員個人の判断に任せられているとなれば、もし記者の考えがステレオタイプの域を出ないものであっても、書かれた記事が批判の対象にはなりにくい。前もって読者受けするセンセーショナルな内容を念頭に置き、それにそって意見を述べてくれる人をインタビューしてまとめることは可能である。地理的に隔たりがあり、2国間が異なった文化圏にある場合フィードバックはほどんど不可能だ。

もちろんこれはニューヨーク・タイムズの記者だけの問題ではないのだが、特に当新聞社は世界のマスメディアのヒラルキーの中でトップの座にある。そんな大会社の後ろ盾があれば、何を書こうと、どう書こうと恐れることは一切ないといえるだろう。
加えて、忘れてならないのは両記者のバックグランドが大いに影響している点である。どちらもハーバード大を始めとして、グローバルに学問を収めたキラ星のような学歴の持ち主で、天安門事件報道では2人してピュリッツアー賞も獲得している切れ者の夫婦である。特にウーダン記者は3代目の中国系アメリカ人。外見こそアジア人であっても、輝かしい学歴と仕事ぶりでアメリカを征服したかに見える女性なら、日本女性のある種のナイーブさはいかにも幼稚に見えることだろう。何しろ肩で風を切って堂々と男にごして生きて行くのが成功した女の基準であるアメリカなのだから。

現地語の理解度
また赴任する国の言葉の理解度も取材に大きく作用するのは当然である。クリストフ氏の日本語は着任前に一年間勉強したとはいうものの、自分で「日本語能力がハンディキャップになっている」と言い切る記者にとって、経済や政治などの実状報告と違った、日本の社会現象や文化の記事を書く時に、本人が本当の意味で日本や日本人をどの程度理解していたかに疑問が湧く。

だが不思議なことに、新聞記者というのは相手国の言葉が良く出来るから良い記事が書けるかというと、そうとも言い切れない面があり面白いのである。筆者が知っている記者たちも例えば言語の理解度は60%程度くらいでも、なかには実にうまい記事を書く記者もいることを知っている。言葉のハンディが必ずしも不利にはならないが、出来ることによって理解度が深まる事は絶対に否定できない。

最後にこの日英両語の本を出版したジパングという知的集団に大きな拍手を送りたい。
さすがニューヨークというべきか、ニューヨークならではのエッセンスがにじみ出ている。
まえがきにも書かれているように、バイリンガルで出版した理由は「日本という国はメッセージを発しない国だからだ。言われっぱなし、言いぱなしの日本とアメリカ。その間に身をおき、アメリカに住む日本人という中間的な立場から、対話をスタートさせる糸口を作りたい」との熱い思いが起点になっている。

出版後の反響がカナダには伝わらないのが歯がゆいが、各方面からの声を聞きたい気が多いにする。また本書は日英両語であるためアメリカ人にとっても貴重な文献であろうと思いつつも、反面本書の中である人が言及しているように、これほどの本が出てもアメリカという権力ゆえに「彼ら(アメリカの特派員)は何も感じないんじゃないかなあ」が真実だろうか。

1998年12月1999年1月合併号 日系の声




「赤毛のアン」の生活辞典(講談社 ¥2400))
テリー神川著


著者からこの本が送られて来た時、まずパラパラとページをめくったが、もうそれだけで「参った!」と思わず唸ってしまった。

世の中には時としてあることに“魅せられて”その結果“取り憑かれて”しまった人というのがいるものだが、テリー神川さんは間違いなくその一人のようだ。その結果お連れ合いのマークさんともどもアンの島、プリンス・エドワード・アイランドに移り住んでしまったのだから、その熱の入れようが分かろうというものだ。当然ながら半端な調査で書かれたものではない。
一口にこの本を紹介するなら、今世紀初頭にルーシー・モード・モンゴメリー夫人が書いた「赤毛のアン」をより深く理解するための「辞典」なのである。ページをめくるごとに「よくぞここまで!」と思える研究と探索がそこここに見られ、深い感銘さえ受ける。

目次を見るとアンの小説の舞台として登場する場所の解説から始まって、当時の家屋やインテリア、日常生活についてのインフォメーション、例えば食べ物、娯楽、医療システム、交通機関、通信など多岐にわったって触れ、細かい解説がなされている。さらに研究はそれだけにとどまらず、服装、流行、学校、教育、社交、習慣にもおよび、宗教、政治、社会の風潮、島に育成する植物にいたるまで豊富な写真と図柄を屈指して、ページをめくるだけでも時を忘れるほどに楽しい本になっている。

統計的な数字が手元にあるわけではないが、おそらく日本で生まれ少女期を過ごした女性なら「赤毛のアン」を読まずに青春を送ることなど考えにくい。もちろんこれは日本だけの現象ではないようだが、世界中の少女に愛読されるアンは、言わずと知れた赤毛でソバカス一杯の、おきゃんでがんばり屋の、そしてロマンティストで思いやりに溢れた少女である。

読者は彼女のどこかに必ず自分の分身を見つけ、共感を覚えることがこの小説の人気の秘密といわれる。が、難しい解説よりも、とにかくアンを愛してやまない読者には繰り返して見るための保存版として一冊。また「それほどアンに興味なし」なんて味気(?)ない方にも、「カナダの古き佳き時代」を理解する手引書として一冊、是非手元に置くことをお奨めする。

なお余談になるが、去年の夏プリンス・エドワード・アイランドを再訪したさいに立ち寄った神川夫妻(英語名を持っておられるが、2人とも日本からの移住者)の経営するティールーム“ブルーウィンズ(Blue Winds)”の、夢見る少女の家といったたたずまいは、周りの萌え立つ緑の草原とともに忘れられない思い出である。

March,1997 日系の声